スポーツディレクター目線で見た快勝の秘密

2019.9.13

安彦考真

安彦考真のリアルアンサー「J3リーグ第22節を終えて」2019年9月8日

台風が近づく状況の中、9月8日にJ3第22節が行われ、Y.S.C.C.横浜はホームでセレッソ大阪U-23と対戦。後半に得点を重ねたYS横浜は3-0で快勝し、13節以来のひさびさの勝利を無失点で飾り、最下位を脱した。

8月の練習中にケガをしてしまった安彦考真選手はスタンドからこの試合を観戦。なかなか勝てなかったホームでひさびさに躍動するチームメイトの活躍を喜びながらも、ケガのために勝利の輪に入れなかったことを悔しく感じていた。

この試合をスタンドから俯瞰する目で観戦した安彦考真選手に、選手という立場だけでなく、あえてスポーツディレクター目線で振り返ってもらった。
Jリーガーになるまでスポーツディレクターとして、サッカーに関わっていた自身の経験や観察眼をもとに、安彦考真選手はこの試合をどう見たか?

2019年9月8日
リアルアンサー

Y.S.C.C.横浜

安彦考真

「スポーツディレクター目線で見た快勝の秘密」

3-0の勝利。我々は死んでなかった。

この試合の前に「チームに新しい風が必要だ」と僕に言った選手がいた。
それは新たな選手の加入が必要という意味ではなく、今いる選手が持っている能力をしっかりと発揮して、新たにレギュラー争いに食い込むなどチームの中に新鮮な風を吹かせる必要があるということだ。
それが実践されたのがこのC大阪戦だった。

この試合は不動のエースの進昴平選手が出場停止ということで、試合前まで「誰がそのポジションで出るのか」という話題がチーム内を占めた。
結果、スタメンに名を連ねる連ねたのは、これまであまり試合に出ることがなかった20歳の古山蓮(フルヤマ レン)だった。

彼の特徴はスピードだが、これまで彼が持ち味をなかなか発揮できずにいた。
彼の良さである「スピード」とは、ただ走る速さではない。ボールに触れながらリズムを作り、ゆったりとボールをキープしていたと思ったら急発進でドリブルをスタートする、そんな緩急の切り替えの速さだ。
しかし、今まではそんな自身の良さを出すことができずに、ただがむしゃらに頑張るばかりの選手になっていた。

それでは彼の良さが生かせず、他の選手との差別化ができない状態のままここまで来ていた。
もちろんチーム戦術の中でのプレーが大前提だが、そこに自分の特徴をうまく加えていくことを選手として忘れてはならない。それは彼もわかっていただろうが、そのやり方を見つけられずにいた。

この試合、彼は見事にエースの代役という役割を果たしただけでなく、自分の特徴を見事に発揮した。
ゴールこそなかったが、彼の良さであるスピードの緩急を試合中に幾度となく披露し、相手チームを翻弄した。結果的に相手選手を退場に追い込むことにつながるなど、確実にチームの勝利に貢献した。

そして、もう1人、チームに新風を吹き込んだのは田場ディエゴだった。
高校サッカーを好きな人なら聞いたことがある名前かも知れない。日大藤沢高校時代、全国高校サッカー選手権でチームを初のベスト4に導くなど活躍した彼は、独特のプレースタイルは「日藤のマラドーナ」と呼ばれて今後の活躍を大きく期待された選手だった。

しかし、その後何度もケガをするなど不運が重なり、チームを転々とした。そして最後にたどり着いたのがYSだった。
そのサッカーセンスはチームでも大いに認められてはいたが、古山と同様、なかなか自分の良さを発揮することができずに、ここまでスタメンの座を奪うことができず、出場機会を持つことができないままでした。

ディエゴはどちらかというと連携プレーではなく、自分だけで状況を打開するような個人プレーが得意な選手。高校時代などは、圧倒的な技術力のために守備やチームプレーなどの彼が苦手にしていたプレーを免除されやってきた。そんなこれまでのツケがプロになってから悪い方向に出てしまっていた〝元高校サッカーの天才選手〟の典型的パターンだった。
そんな彼の弱点をシュタルフ監督は見抜き、適切な指導をしながら彼の意識が変わるのを待ち続けた。
この試合で、彼は途中出場を果たし、スーパーゴールまで決めた。その躍動した姿はこれまで監督ともに取り組み続けた努力が実った最高のゴールだった。

しかし、スポーツディレクター目線で僕は思う。「こういった若手の選手は多いのではないか」と。

高校サッカー部など育成年代で受けた偏った指導により、無意識的に苦手に目を向けないようになった選手は少なくない。自分勝手なプレーを許された〝高校サッカーの天才選手〟たちは、まわりのチームメイトが彼がサボった分を懸命にサポートするという戦術の中で輝いていた。
そしてサッカー選手にとって本当に必要なことを身につけないまま、高校サッカーという育成年代のカテゴリーを卒業し、プロという〝高校サッカーの天才選手〟ばかりが集まったトップカテゴリーに入った途端、その才能は埋もれてしまうことになる。

ディエゴもそんな典型的なパターンに陥り、苦しんでいた。しかし、YSで本物の指導者に出会ったことで、忘れていた「サッカーには戦術というチームの絶対的な共通言語存在する」ということを思い出すことができた。

チームの共通言語を共有しつつ、その中で選手個々が自分のプレースタイルを自己主張する。本来、チームスポーツというのはこの集合体だ。しかし、監督が「表現したいこと」だけを最優先し、選手に押し付ければ、チームとして結果が出るかもしれないが選手の個性は死ぬ。
シュタルフ監督の戦術は緻密だ。その役割に特別視はない。しかし、その緻密な戦術の中でも、僕ら選手の個性が犠牲になることはない。
シュタルフの戦術を選手が理解し、その中で個人の表現力を発揮する。これがYSがめざすサッカースタイルだ。この試合、監督がめざすサッカーの片鱗が少し垣間見えた気がする。それも、自分がスタンドから試合を眺め、少し俯瞰した目で自分のチームを観ることができたからこそ気づけたことかもしれない。

ぜひ次の試合、YSの選手たちがチームプレーの中でどんな自己表現をするのかに注目してもらいたい。きっとYSのサッカーがたまらなく面白く感じるはずだ。

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