「初心を忘れない」という気持ちはどんな立場になっても大切なこと
編集長のブログ
2019年2月16日
誰もが持つ「初心者目線」を忘れないようにする
クラシックコンサート、特にサントリーホールやNHKホールで行われる公演は大盛況だ。
著名な指揮者やソリスト、人気オーケストラを招いてコンサートを開催するとなると、かなりの費用がかかるのは間違いない。
それでも、観客席数も多い両ホールのチケットがソールドアウトすれば、じゅうぶん収支に見合う計算になるのだろう。
しかし、世界的にクラシック(特にオーケストラ)やオペラといった大掛かりな演目の公演は収支が厳しくなっている傾向にあるという。
それらが発展した歴史を辿れば、興隆の原動力は貴族たちが全面的にバックアップしたことだった。だからパトロン的な超大口のタニマチが減れば、チケット代だけでは多数の演奏者たちや舞台装飾を維持することは難しくなっていく。
観客の立場では意識しづらいが、オーケストラ楽団員や公演スタッフなどは、チケット販売している公演日だけでなく、それ以外の日も維持するための費用が相応にかかっているため、大口の協賛者が減少すれば、そのぶんチケット代は高くなる。
楽団や劇団を維持し、パフォーマンスのクオリティを維持するためにかかる費用は、演目を楽しむ客1人ひとりに分担して負担してもらうしかなくなる。しかし、チケットが高額になり過ぎると売れない危険性もあり、そのあたりのバランスはエンタテインメントビジネスにとって生命線といえる。
主催者は活動を維持するため、あの手この手で収益を得るやり方を考え出す必要に迫られる。
NHK交響楽団や東京都交響楽団は、事前に年間の公演スケジュールを発表してチケット販売する定期公演を開催している。
そして、定期公演を毎回同じ座席で鑑賞できる、いわゆるスポーツのシーズンチケットのような定期会員というチケットを販売している。
たまにNHKホールやサントリーホールにクラシックコンサートに行くと、その日の演目が定期公演だった場合、会員チケットで入場する人がかなり多いのに気づく。
入り口でチケットの確認を行う際、スタッフが「いつもありがとうございます」と挨拶するのは、会員チケットで入場するお客さんに対してだ。
最初、「常連客を覚えているなのかな?」なんて思ったが、自分の持っているチケットと違うチケットを持っている人が周囲にたくさんいるのを見て、会員向けのチケットの半券をもぎる際、年間を通して楽団をサポートしている固定ファンに対して感謝の言葉を発しているということに気づいた。
プロ野球やJリーグでも年間シートは存在するので、もしかするとスタジアムに入る際、年間シートを持っているファンに対しても、同じように「いつもありがとうございます」という感謝の言葉がかけられているのかもしれない。
あるいは、人気ミュージシャンのコンサート会場でも、もしかするとファンクラブ会員専用のチケットがあり、そのチケットで入場する際は同じような特別な声かけがあるのかもしれない。
自分だけ特別な声をかけられればファンは気持ちがいいし、その様子を見た一般ファンが「自分も会員になろう」と思う効果もあるかもしれない。
クラシックコンサートの入場口で、エンタテインメント・ビジネスが、固定ファンに支えられているということを再確認した。
一方で、固定ファンばかりに意識がいき過ぎると、ライトなファンは寄り付きづらくなり、ファン層がどんどんマニア化していく危険性もある。
「すべてのジャンルはマニアが潰す」
ブシロードの木谷高明社長が発した言葉だ。
「コアなユーザーがライトなユーザーを拒絶していたがために、プロレスが衰退していった面もありました。僕は“すべてのジャンルはマニアが潰す”と思っていますから」
かつて人気を誇ったプロレスが低迷期に入った際、新日本プロレスを買収し、プロレス界を立て直そうとした木谷社長はそう語ったという。
長く応援してくれて、総額で相応のお金を落としてくれる昔からのファンやマニアの存在は、スポーツ界でもエンタテインメント界でも非常に大事な存在だ。
ただ、コアファンやマニアが選民意識を持つ土壌を作ってしまうと、ライト層が近寄ってこなくなり、エンタテインメント・ビジネスとして固定客頼みの先細り状態になってしまうというジレンマが生じる。
Jリーグでも、熱狂的なサポーターが行き過ぎたチーム愛によってスタジアムで暴力的な行動が続けば、自然とライト層の足はスタジアムから遠のいてしまうだろう。人気アイドルグループのコンサートでも独特のしきたりやルールが濃くなり過ぎると、ファン以外が興味を示さなくなってしまう。
特に、クラシックコンサートやミュージカル、オペラなどは、チケット代が高額の公演が多いぶん、初心者が「とりあえず行ってみようか」と気軽に行きづらい。結果、主催者も知らず知らずのうちに、コアファンやマニアを意識した演目やサービスになってしまう。特に主催側が音楽に関する造詣が深い人が多くなればなるほど、ライト層の気持ちは汲みづらくなる。
気がつけばマニアックなジャンルという捉えられ方が主流となり、ライト層が寄りつかなず興行規模が縮小していくという悪い流れを生んでしまうことも少なくない。
「毎日応援に来てくれるファンもいるが、一生のうちで今日しか来れない人もいる。お前はそういう人のためにも毎試合出場する選手になれ」
長嶋茂雄さんがジャイアンツの監督時代、入団したばかりの松井秀喜さんにそう語ったそうだ。
「たまたまチケットを入手した」「無理やり友だちに連れてこられた」「ほんの少し興味を持ったから、勇気を持って初めて訪れた」
コンサート会場や劇場、スタジアムには、昔からの熱心なコアファンやマニアが数多く来場してくれているが、そのジャンルの基礎知識さえない、本当の初心者の来場者も少なからずいるはずだ。
出演者や演奏者、選手たちは、目の前の試合や作品に全力で取り組めばいい。
一方で、スポーツやエンタテインメントのライブ作品にかかわる制作側の人間は、スタッフより詳しいマニアや固定ファンと初心者が同居する1つの公演を、どのような形で作り上げ、どのようなやり方でプロモーションし、どのような気持ちで会場で来場者と接するか。
今、目の前の業務の先に、自分が所属している団体や組織だけでなく、そのジャンル全体の未来がかかっているという意識を持って取り組めるか。
どんなマニアでも、一度は初心者だった時期を経験している。スポーツビジネスやエンタメビジネスに関わる者は、「マニアの視点」と「初心者の視点」を持つことが大事だ。