素晴らしい演奏を聴きながら、観客は一体何を考えているのだろうか?
人生を哲学的に見つめ、日々考えたことや感じたこと、学び、体験についての思いをまとめ、書き留める「人生哲学研究家」のブログ。
編集長ブログ
2019年3月25日
私がクラシックコンサートに通う理由
創立100周年記念の世界ツアー中のロサンゼルス・フィルハーモニックの団員と、世界的に人気の女性ピアニストであるユジャ・ワンによる室内楽特別演奏会がサントリーホール・ブルーローズで開催された。
ヴァイオリンとチェロによる弦楽四重奏曲と、フルートやクラリネットなどの木管五重奏曲の後、ユジャ・ワンが加わってのブラームスのピアノ四重奏曲が演奏された。
400席あまりの小ホールに集った観客は、数名のトップクラスの演奏者たちが目の前で奏でるメロディに酔いしれた。
大ホールでのフルオーケストラによる交響曲を聴くのも素晴らしい体験だが、段差のないスペースで手が届くくらいの目前でトップアーティストたちの演奏を見聴きできるのは格別な体験となった。
CDやフルオーケストラのコンサートでは聴こえないような演奏者の息遣いや弦が微かに擦れた音など細かい音が主旋律と絡み合うように聴こえてきて、改めて音楽とは楽器と演奏者が一体となって奏でているのだということが感じられた。
誰もが一流アーティストたちの演奏に聞き入っている。
そんな光景を目にした時、「観客たちはそれぞれどんな思いで彼女の演奏を聴いているのだろうか?」とふと気になった。
客席の1つ1つにさまざまな空想の世界が広がっている
世界的に人気のピアニストであるユジャ・ワンの演奏について、過去のコンサートやCDで聴いた演奏と比較しながら聴いている人もいるかもしれない。
また、彼女とは別のトップピアニストが演奏した同じ曲目のパフォーマンスと比較しながら聴いているという人もいるかもしれない。
しかし、今回演奏したロサンゼルス・フィルハーモニックの団員のメンバーによる個別の演奏を、過去に聞いたことのある人となるとかなり少ないはずだろう。
そうなると、できるとすれば、他のヴァイオリンやチェロ、フルートやクラリネット、ホルンなどの楽器の演奏者たちのパフォーマンスとの比較となるだろうか。
もちろん、そんな細かいことは考えず、目の前のプロフェッショナルたちが紡ぎ出す素晴らしい演奏を純粋に堪能しているという人も少なくないだろう。
もしくは、クラシック音楽のことなんてほとんど知らないけれど、たまたまチケットが手に入ったので来てみたという人もいるかもしれない。
たった400人程度の観客数でも、無数の聴き方や楽しみ方が混在しながら、安くないチケット代をみんな同額払い、同じ贅沢な時間を共有していることになる。
最前列からオペラグラス越しに見える世界
かつて音楽の世界で第一線で活躍するある人物が、コンサートに行く時には必ずオペラグラスを持っていくという話を楽しそうに聞かせてくれたことがある。
その人物が尊敬してやまない世界的著名な演奏者の来日公演があると、手を尽くして最前列の席を確保し、その音楽家の演奏を間近で見るという。
しかも、最前列にも関わらず、オペラグラス越しにまさに一挙手一投足を詳細に見入るという。
「何百回も演奏したであろう代表曲でも、コンサートのたびに彼は少しずつ演奏の仕方を変えている。オペラグラスで彼の指先の動きをじっと見ていれば、毎回、違いがはっきりとわかる。『今回はそうきたか』と(笑)。伝説的な演奏者にも関わらず、常に新しい取り組みに挑戦し続けていることに、いつも驚きと尊敬の念を抱く。そして、自分ももっと新しい挑戦をしようと勇気をもらえるんです」
最前列でオペラグラスを凝視している人を見かければ、何も知らなければちょっと驚いてしまうが、そんな話を聞くと、音楽を生業にする人ならではの深い造詣を通した楽しみ方がとても羨ましく感じる。
大人になってから趣味が見つかる人、見つからない人
クラシック音楽に対して、まったく知識も経験のない状態でユジャ・ワンのような世界的人気のピアニストの演奏を聴いても、きっとそれなりにすごさを感じるだろうし、楽しめるだろう。
けれど、彼女のピアノ演奏を収録したCDを何度か聴いたことがあれば、もしくは同じ演奏曲を別のアーティストが弾いているCDを聴いたことがあれば、同じコンサートももっと楽しめるはずだ。
ましてや、少しでもピアノなどの楽器演奏に取り組んだ経験がある人なら、ユジャ・ワンの演奏技術の高さや曲の解釈具合などを感じ、より濃い時間を過ごせるだろう。
社会人となり年齢を重ねても趣味を楽しんでいる人は、好奇心旺盛で何にでもすぐに楽しみを見出せる人を除けば、そのジャンルにある程度の時間と労力(+お金)をかけてきた人だろう。
またそういう人の中には、子どもの頃の遊びや習い事、学生時代の部活などで取り組んだ経験のあることを、大人になっても続けているという人も少なくないだろう。
一方で、なかなか新しい趣味が見つからないという人は、過去に経験のあるジャンルをひさしぶりにやってみる以外は、自由にできる時間がなかなか取れない中、今後もなかなか新たな趣味を持ちにくいはずだ。
しかし、人は必ず歳をとる。50代になり、60代になり、やっと自由に使える時間ができて初めて趣味を見つけようとしても、結局は同じハードルが立ちふさがるだろう。
人生は長い。始めるのは今からでも遅くない
だからこそ、30代、40代のうちに新しいことに興味を持ち、少しずつお試し体験を増やしていくことは大切だと言える。
今はその面白みが見えづらくても、長く続けているうちに趣味と言えるものになっていくだろう。
そして、ビジネスパーソンをリタイア後、自由な時間を手にした時、濃い第二の人生を過ごす〝友〟となってくれているはずだ。
ふとそんなことを考えながら終演後、サントリーホールを後にする。
それぞれの楽しみ方でコンサートを満喫し、人生を豊かにする時間を過ごした充足感を胸に歩を進める、観客たちの姿を眺めながら。