ミュージカル「笑う男」を観劇して(エンタメ観劇記録)
上質なエンタテインメント観劇やスポーツ観戦、アート鑑賞から人生を豊かにする教訓を探るlivest!流エンタメブログ
2019年4月17日
ミュージカル「笑う男」
ここにはない「幸せ」を求める人へ
衝撃的な映像だった。
パリのノートルダム大聖堂が燃えている様子は、まるでハリウッド映画の中の架空の世界のようで現実とは思えない、思いたくないものだった。
ノートルダム大聖堂は1163年、ルイ7世の時代に建設が始まり、1250年に現在ような形で完成した世界的歴史遺産だ。
その後、1789年のフランス革命の頃に破壊されてしまったノートルダム大聖堂だったが、その修復を訴えるために出版されたのがノートルダムを舞台にした小説「ノートルダム・ド・パリ」だった。
フランスの文豪ヴィクトル・ユーゴーがこの作品を発表したのは1831年。今日では「ノートルダムの鐘」の原作としても知られるこの作品が発端となり、破壊された大聖堂の修復が着手され、1864年に元の姿に戻された。
数々の名作を生み出したユーゴーだが、日本人にとっては「ノートルダムの鐘」や大人気ミュージカル「レ・ミゼラブル」(1862年)などを代表とする映像作品や舞台作品の原作としての方が身近な存在かもしれない。
1980年にパリで初演を迎えた「レ・ミゼラブル」は全世界で上演され、のべ7000万人以上の観客数を誇る超人気ミュージカルだ。
日本でも大人気ミュージカルとして不動の地位を築き、初演以来日本中で3000回以上もの上演が行われてきた。
4月15日から開演したばかりの2019年バージョンの公演ツアーも、ロングラン公演にもかかわらずチケットの入手が困難な特別な作品として人気を集めている。
「レ・ミゼラブル」から7年後にユーゴーが発表したのが小説「笑う男」だ。
ユーゴー自身が「ノートルダム・ド・パリ」や「レ・ミゼラブル」を差し置いて「自身の最高傑作」と語ったと言われるこの作品を原作としてミュージカル「笑う男」が創作された。
舞台は17世紀のイギリス。主人公は児童売買の一団によって強制的な手術で口を引き裂かれた「笑っていない時も笑っているように見える顔」を持つ少年グウィンプレン。
その後、映画「バットマン」の悪党ジョーカーやアニメ「攻殻機動隊」のスマイルマンなど、この「笑う男」のキャラクターは多大な影響を与えたほどインパクトの強い人物設定だ。
彼が児童売買の一団から見捨てられ、生死を彷徨う中で救った盲目の美少女デアと、2人を我が子として迎え育てたサーカス一団の座長ウルシュス。貴族たちが富と名声をかき集め我が世の春を謳歌する時代。彼らファミリーは強烈な貧富の差の厳しい環境に翻弄されつつも、家族として仲間として愛し合い助け合い生きていた。
しかし成長するにつれ、どこか別の場所にこそ「自分が求める幸せ」があると信じ始めたグウィンプレンはある日、愛するファミリーを捨て、貴族たちの世界に足を迷い込む。
明日の食事もままならない環境で育った自分とは別世界の、きらびやかで物質的に豊かな生活を送る貴族たち。彼らの生活を目の当たりにし、憧れを抱く主人公だったが、じつは彼はこの地を治める貴族の子として生まれた正式な世継ぎだったことが発覚。権力争いに巻き込まれ児童売買団に売られた「笑う男」は、一夜にして卑しい貧民の立場から身分階級の頂点に立つ絶対権力者となった。
自身が渇望した華やかで豪華な世界で最高の「幸せ」を手に入れたグウィンプレン。
しかし実際のそこは飽くなき所有欲をぶつけ合う醜い自己顕示欲が強い者たちばかりの世界だった。
主人公のグウィンプレンは自分にとっての本当の幸せに気づき、全てを手にする特権階級の立場を捨てて自分の〝本当の〟家族の元へ戻っていく。
この作品の中でユーゴーは「本当の自分とは?」「本当の幸せとは?」と問う。
貧しく何も持たない者たちだけが「持つもの」。そして何不自由なくすべてのものを手に入れた者が「手に入らないもの」。
自分が手にしているかけがえのないものほど、当たり前過ぎて人は気づかない。そして「ここではない別の場所」に幸せの幻想を夢見る。
私たちの誰もの心の中に、自分だけの大切なものがある。それは失うまで気づきにくい、目には見えない手に取れないもの。
それはまるで焼失したノートルダム大聖堂の残骸を見るまで、それはいつもそこに当たり前のようにあったように。
ミュージカル「笑う男The Eternal Love -永遠の愛-」
2019年4月9日(火)~29日(月・祝)
東京都日生劇場
脚本:ロバート・ヨハンソン
音楽:フランク・ワイルドホーン
歌詞:ジャック・マーフィー
翻訳・訳詞・演出:上田一豪
出演:浦井健治/ 夢咲ねね、衛藤美彩/ 朝夏まなと/ 宮原浩暢/ 石川禅/ 山口祐一郎