「令和」から始める人生の価値転換

2019.5.1

livest!編集長

ゴールのない相対的価値でなく自分の基準ではかる人生の価値に変える好機とする

人生を哲学的に見つめ、日々考えたことや感じたこと、学び、体験についての思いをまとめ、書き留める「人生哲学研究家」のブログ。

編集長ブログ
2019年5月1日

「令和」から始める人生の価値転換

2019年5月1日。
今日から元号が「令和」になった。

平成の30年は40代にとって社会人となり、もっともよく働いた時期と重なる。
その間、バブル崩壊以降の日本経済はリーマンショックや大きな自然災害など厳しい出来事が多発し、昭和までの「経済大国日本」の看板や自信が大きく揺らいだ30年だった。

イケイケの世代を眺めつつ、就職氷河期やリストラなどさまざまな苦難を乗り越えて、平成という時代を駆け抜けた40代。
30年という短くない歳月の中でさまざまな経験を経て、今の環境を手に入れた多くの団塊ジュニア直後の世代とって、令和となった今、これからの残りの人生を見据えた「新たな人生設計」を行う良いタイミングかもしれない。

我々が今なんとなく感じていること、それは長らく世界の趨勢だった資本主義が限界を迎えようとしているのではという肌感覚だ。
「お金」を価値の基準とし、すべての価値をお金で換算し、評価することで成り立ってきたこれまでの経済。その中で生きる者の多くが疲弊し、別の価値観を心のどこかで望み始めている潮流が徐々に大きな波となりつつある予感。

そんな流れの中で、改めて客観的に「幸せ」というものを見つめ直してみると、40代にとって本当に不可欠なものとは、突き詰めて考えれば「自身の健康」と「家族や大切な仲間の幸せ」の2つに集約されるとは考えられないだろうか。

「どれだけお金を持っているか」「稼いでいるか」「どれだけ社会的地位を得ているか」などは、あくまで相対評価であり、どこまで極めてもゴールはない。「もうこれ以上はいらない」という満足感は得られない。
一方で「自身の健康」や「家族や大切な仲間の幸せ」は主観で判断でき、他者との比較なしに自己満足で計れる比較的満足感を得やすいものだと言える。
もちろん不老不死を考えたり、永遠の若さを得ようと考えればキリがない。また家族に未来永劫物質的な幸せを提供しようと思う欲も底なしだ。しかし年相応の心身の健康に満足し、身近な人たちが「今、この瞬間幸せである」と感じることは決してハードルは高くない。

冷静に振り返れば、これまでの経済活動、つまりお金や地位、評判を得るための行動は、この2つを少なからず犠牲にすることで成り立たせてきた。
「家族のために」と自分の体調管理を後回しにして働いたり、残業による夜遅い帰宅続きで家族との貴重な時間を削ってまでお金を得た結果、その年齢でしか得られない充足感を知らず知らずに犠牲にしてきた。

資本主義社会に生きるビジネスパーソンにとってそれらは当たり前のこと、仕方のないこととして捉えてきた。
20代、30代から見れば、まだ先の長い「将来」のために「現在」をある程度犠牲にすることも有意義な面もあるかもしれない。しかし40代になり、人生の折り返し地点を過ぎた今、一度その価値基準を見直しても良いのではないか。

これからの人生の幸せを「健康」と「家族や大切な仲間の幸せ」に比重を置き、まずはこの2つを維持するのに必要なぶんのお金を稼ぐことに注力する。そして2つの新たに定めた幸せの価値基準を実行することに専念する。
時代が激変しつつある中、元号が変わる。平成30年をがむしゃらに走り続けたビジネスパーソンにとって、ただ元号が変わったとやり過ごすのではなく、自身の人生のロードマップの新しい転換点としてみる好機かもしれない。

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