安彦考真「人生の先輩から20代に向けてのリアルアンサー」21
コロナウイルス感染拡大の中で僕たちの本音
名古屋グランパスの試合中止を受けて、今、Jリーガーの胸の内を語る
安彦考真
2020年7月29日
コロナウィルスでついにJリーグの試合が中止となった。
7月26日に開催予定だったサンフレッチェ広島対名古屋グランパス戦。
グランパスにチーム内に新型コロナウイルスの感染者が3名確認されたことで、試合開始当日に急遽中止の決定が下された。
中断期間を経て再開した今シーズンのJリーグ。
再開時には「もしコロナ感染者が判明しても、中止にはせず、既存の選手で試合を行う」とJリーグから各クラブに伝えられていた。その中で、今回の件が中止になった経緯や真相までは僕もわからない。
しかし、まるで今回陽性反応が出た選手の気持ちは自分のことのようにわかる。僕らJリーガーは全員それくらい普段から過剰なほどに感染予防を行って生活しているからだ。
僕ら選手はシーズン再開後、2週間に1度必ずPCR検査を受けている。それは選手だけでなくクラブスタッフも同様だ。
僕自身、感染予防を徹底しながら生活しているが、それでも検査結果が伝えられる瞬間はやっぱりドキドキしてしまう。
万が一陽性反応が出たとしても、感染の可能性にまったく身に覚えがない。だからこそ余計に検査結果が怖くもあるのだ。
最近の報道を見る限り、このウイルスはどれだけ気をつけていても感染してしまう可能性がある。
事前に何らかの異変、例えば熱が出る、咳が出る、体調が優れないなどの自覚があれば、まだ検査結果の受け止め方も違うだろう。しかし、まったく自覚症状がない場合でも、検査で「陽性」と出てしまえば、その選手は「感染者」として公表される。
自分が感染者と判定されてしまうことを想像すると、家族や親しい人はもちろん、所属クラブやチームメイト、そしてリーグ全体まで多大な人に迷惑をかけてしまうことになる。
今回、感染が判明した名古屋グランパスの選手やスタッフの方々は、じゅうぶんに気をつけていたにもかかわらず感染してしまったことに対して、今、悔やんでも悔やみきれない気持ちだと思う。
感染拡大以降、選手のプライベートの行動についても厳しく制限しているクラブもある。
僕たちJリーガーはそれくらい厳しく感染予防をしているのだが、それでもこうして陽性判定が出てしまう。
まだ感染者が出ていないうちのクラブも、そして僕自身もこのことは決して他人事ではない。
だからこそ、僕は今「コロナウイルスとの共存」について改めてしっかりと考えたいと思っている。
7/29までに関係者約100人にPCR検査…“現在3位”と好調も新たに選手ら3人に新型コロナ感染判明のグランパス(東海テレビ)
https://news.yahoo.co.jp/articles/cf97aa2b8fdad7f1d29b20af22f76cb444f4141a
先日、僕は矢作直樹先生のセミナーに参加した。
矢作先生は、15年にわたり東大病院の総合救急診療体制の確立に尽力された方で、多くの著書も出されている。
このセミナーで矢作先生は「コロナウイルスとはなにか?」「コロナウィルスの何が脅威でどこが脅威ではないのか?」など、丁寧に解説してくれた。
このセミナーを受講後、僕は自分なりのルールを改めて設定した。
・これからも手洗いとうがいはこまめに行っていくこと
・食事の際の感染予防を徹底すること
・睡眠をしっかり取ること
これらはどれも当たり前のようだが、長期に及ぶと慣れが出ておざなりになりがちな部分でもある。
それでも、矢作先生のセミナーを受講して「コロナウイルスとの共存」に対して僕たち選手ができることは、自分の身を常に感染しにくい環境に置くことと同時に、その環境をキープする高い意識が重要だと改めて感じた。
そして、自分が身を置く環境に気を付けることは選手個々でもできることだが、リーグが再開した今、試合中や戦後の対策はクラブとしての対応が重要になってくる。
特に、観客数の制限を緩和させようという流れの中で、クラブがすべきことは、所属選手やスタッフ全員の健康管理の徹底だけでなく、試合観戦に訪れる観客の感染予防対策もより大きな課題となるだろう。
真剣勝負の場では、どうしても感染予防最優先というわけにはいかない。
試合中はピッチ内やベンチで選手や監督の大きな声が飛び交い、レフェリーが笛を吹き、そのジャッジに対して選手が反応する。
その一方、観客たちには「黙って静かに座っていてください」という規制がどこまで現実的なのか。
僕たち選手にとって、こんなときだからこそより観客の応援はありがたいことではある。
しかし、スタジアムの中で、観客席で、観戦者に対して何をどこまで規制すればいいのかの判断基準は非常に難しい。
細かく厳しい規制に関する線引きに対して根拠のある具体的な基準をサポーターに提示し、納得してもらうことは容易ではない。
例えば、先日の浦和の試合で、指笛などの応援に付随する行為があったと問題になった。今後、感染予防と興行という相入れない矛盾の間で、どこまで厳しく禁止していくのかも、リーグ、そしてホームゲームを主催する各クラブが早急に対策を練る必要がある。
矢作直樹先生
最後に、このコロナウィルスは人間の弱いところを攻めてくる。
そして、それは社会の弱いところも同時に攻めてくることになる。
僕ら選手はそういったことも含め、このコロナウィルスと戦い続けるスタンスでいることが重要だ。
感染したくてする選手はいない。むしろ一般の人の何倍も何十倍も自制し感染予防を徹底している選手ばかりだ。
しかし、残念なことにそれでも感染してしまうことがある。
そんな時、心ない誹謗中傷が感染が判明した選手にぶつけられてしまう。
自分が感染したことでショックを受けるだけでなく、僕たちJリーガーは誰もが匿名の誹謗中傷という攻撃に対しても大きな傷を受けてしまう危険性があるのだ。
アメリカのメジャーリーグでは、あるチーム内で多数の感染者が判明し、リーグの責任者が「最悪、今シーズンの中止もあり得る」とコメントした。
これは海の向こうの別世界の出来事ではない。もしかしたら、同じようにJリーグが中止となってしまうかも知れないくらい、今はギリギリの状態だ。
こんな時だからこそ、僕たち選手は「自分がなんのためにサッカーをやっているのか」を改めて真剣に考え、1人ひとりが責任ある立場という自覚をより高く持って行動するという認識が大切だ。
今こそ、自分の人生の目的をピッチで、そしてピッチ外でも、どんどん表現するときだと僕は思っている。