人生を楽しむ「教養を広げる」ミュージカルをもっと楽しむために
「マリー・アントワネット」に登場する主要人物のその後
映画や舞台など多くのエンタテインメント作品の題材にも取り上げられ、日本でも人気が高いマリー・アントワネット。
フランス革命という歴史上の大事件に巻き込まれ、華やかな宮殿での生活から一転、最後は断頭台で処刑された悲劇の王妃として知られるマリー・アントワネットを題材としたミュージカル「マリー・アントワネット」が、2018年から2019年にかけて上演された。
生まれ故郷のオーストリア・ウィーンからフランス・パリに政略結婚として送り込まれたマリー・アントワネットが異国の地で王妃として生き抜き、フランス革命のキーパーソンとして時代に翻弄されていく−−。その様子を見事に表現するミュージカル「マリー・アントワネット」。
公演を鑑賞するだけでもじゅうぶんに楽しめるが、登場人物の生い立ちやその後を史実として知ればより深く楽しめる。
この作品で〝影の主役〟とも言える存在感でミュージカルの軸となっている「マルグリット・アルノー」は実際には存在しない架空の登場人物だが、それ以外の主要な登場人物は史実でもフランス革命に大きく関係する実在の人物が描かれている。
彼ら彼女たちがどのような背景でマリー・アントワネットとともに激動の時代に生き、そして散っていったか。メインストーリーを盛り上げるサイドストーリーを紹介する。
ミュージカル「マリー・アントワネット」
2018年9月15日〜2019年1月15日/帝国劇場ほか
<紹介する登場人物>
①ルイ16世
②フェルセン伯爵
③オルレアン公
④ジャック・エベール
⑤「首飾り事件」
フランス最後の絶対君主にしてフランス最初の立憲君主
ルイ16世
佐藤隆紀・原田優一
ミュージカル「マリー・アントワネット」では佐藤隆紀&原田優一がダブルキャストを務めるルイ16世。
フランス革命によって処刑されたフランス最後の絶対君主となったルイ16世は、社交的な場を嫌い、狩猟と錠前造りが趣味で時流の読めない鈍重な王と記されることもあるが、実際は自国民のことを最優先に考える革新的な政策を進めたことでも知られる。
アメリカの独立戦争時は積極的に独立を支援し、アメリカでは「建国の父」とも言われる。
またフランス革命前後は「外国の悪女マリー・アントワネットに操られるダメな王」という評判が立っていたが、実際にマリー・アントワネットのことを心から愛し、処刑される直前まで彼女の行く末を心配していたという。
当時は国王ともなれば公妾として公認の愛人を多数持つのが当たり前だった時代。父のルイ15世は妾に60人以上もの私生児を産ませていたという記録があるが、ルイ16世は生涯公妾を持たずマリー・アントワネットだけを愛していた。
フランス市民のための施策を多く施行した王でありながら、それまでの王の悪政による国の財政逼迫の後始末に追われた末、困窮する国民の反乱の対象として38歳の時に処刑された。
ミュージカル中でも、革命前の前半部では、靴を初めて自身で履いた際、左右で別々の靴を履いてしまい笑う場面や、ジョゼフ・ギヨタン博士が発明したギロチンを見て「刃を斜めにしたほうが苦痛を与えないのでは」と助言する場面、マリー・アントワネットの舞踏会に誘われても「狩に行く」と断る場面などでは穏やかで聡明な面を表現した一方、後半部では革命を起こす市民に対して常に毅然とした態度で対峙するなど、佐藤隆紀&原田優一の2人がルイ16世の人となりを見事に演じている。
愛に生き、愛に死した社交界の華
フェルセン伯爵
古川雄大・田代万里生
ミュージカル「マリー・アントワネット」で古川雄大&田代万里生演じるフェルセン伯爵。
スウェーデン名門貴族の血筋で容姿端麗、長身で高い教養を持つフランス社交界の華だったフェルセン伯爵は、同い年のマリー・アントワネットと次第に親密になり、お互いが想いを寄せるようになった。マリー・アントワネットが生んだのちのルイ17世であるルイ・シャルルは、当時、父親はフェルセン伯爵ではないかと噂されたという。
フランス革命により危機が迫ったマリー・アントワネットを何度も決死の覚悟で救おうとしたフェルセン伯爵だったが、最終的にマリー・アントワネットはフランス市民によって処刑される。
その後はそれまでの華やかな性格が一変し、特に市民に対して厳しい態度を取るようになったフェルセン伯爵は、54歳の時、市民から撲殺されるという悲しい最期を遂げることになる。
マリー・アントワネットを愛し、混乱の中からなんとか救い出そうと何度も危険な局面に立ち向かうフェルセン伯爵の勇気や愛情を、古川雄大&田代万里生が見事に演じる。
特にマリー・アントワネットを想い歌う歌唱シーンは、2人の魅力が発揮されるこのミュージカルの見どころと言える場面となっている。
王座を目論んだ革命の扇動者
オルレアン公
吉原光夫
ミュージカル 「マリー・アントワネット」では、吉原光夫が演じるオルレアン公。
正確には「オルレアン公」とは公爵位の名称で特定の人物名ではなく、歴史上は複数のオルレアン公が存在する。同作品ではオルレアン公爵ルイ・フィリップ2世ジョゼフを指す。
オルレアン家はもともとフランスの王族であるブルボン家の分家の1つであり、ジョゼフもルイ16世の従兄弟にあたる裕福な貴族の出身だったが、フランス革命が起こる前に最初にルイ16世やマリー・アントワネットに対して反抗的な言動をとったことで市民側につく貴族の代表的存在となった。
市民寄りの立場を示すため自らをフィリップ・エガリテと称し、貴族の出生ながらルイ16世の処刑に賛成するなど革命の進行に大きな影響を与えたが、本心は革命後にルイ16世に代わって自身が国王になることだった。
自身の宮殿に民衆を集めてバスティーユを襲撃させるなどし、目論見通り革命を成功させるが、その後の主導権争いに敗れ、結局は自身もルイ16世と同様に断頭台で処刑された。
作品の中ではマリー・アントワネットの裁判時にマルグリット・アルノーの告発により逮捕されて失脚したが、史実ではジョゼフの息子であるルイ・フィリップがその後に起った七月革命により国王になることで、ジョゼフの野望は実現している。
ミュージカル では常に黒ベースの衣装を身にまとった吉原光夫演じるオルレアン公の存在感は強烈。作品の要所を締める情熱的な歌唱で観客を虜にさせるなど、実力派俳優の本領を余すことなく発揮している。
歴史を動かした時代のインフルエンサー
ジャック・エベール
坂元健児
ミュージカル「マリー・アントワネット」では、坂元健児が演じるジャック・エベール。
フランス西部の裕福な家に生まれ、急進的な政治活動によって力をつけたエベールは、「デュシェーヌ親父」という政治活動の新聞を創刊し、旧体制への批判を展開。その象徴として特にマリー・アントワネットへの批判を強め、怒りを爆発させた市民による「ベルサイユ行進」後、幽閉されていた彼女の処刑を求めた。
自身がでっち上げた「マリー・アントワネットは息子のルイ17世と近親相姦を行なっている」という噂を広めるなど、ジャーナリストとは言えないスタンスで恐怖政治を推し進め、フランス革命後の指導者としての地位を高めたジャック・エベールだったが、多くの処刑者を出すなど行き過ぎた恐怖政治の結果、革命裁判によって自身が処刑された。
ミュージカル中では詩人として登場し、その後は新聞を発行するジャーナリストとして活動する中で、次第にマリー・アントワネットを筆頭に王族たちへの態度が厳しさを増していくエベール。
最初は純粋に市民のための革命を謳ったかもしれない彼が、フランス革命の流れの中で急速に力を持ち始めたことで結果、国を混乱に導く恐怖の権力者と様変わりしていく様子を、坂元健児が見事に演じている。
番外編
首飾り事件
1785年に実際に起こった詐欺事件。王室御用達の宝石商シャルル・ベーマーから160万ルーブルの首飾りをマリー・アントワネットに渡すという口実で(劇中で中山昇演じる)ロアン枢機卿(大司教)に代理購入させた(劇中で真記子演じる)ラ・モット伯爵夫人が騙し取ってロンドンで売り捌いた。
ミュージカルの中では触れられないが、この豪華絢爛な首飾りは、もともとルイ15世の愛人であったデュ・バリー夫人のために制作されたもので、ルイ15世が急逝したため製作したバリーが困り、マリー・アントワネットに売りつけようとしたものだった。
マリー・アントワネットは逼迫した経済状況を鑑み、購入を断ったのは事実だが、嫌っていたデュ・バリー夫人のために作られたものであったことも購入を避けた理由の1つとされる。
実際はマリー・アントワネットに会ったことさえなかったラ・モット伯爵夫人の嘘に、ロアン枢機卿がなぜ簡単に騙されたのか不思議な事件だが、神に仕える身でありながら放蕩生活を繰り返すロアンにとって、王妃マリー・アントワネットになんとか取り入って出世したいという強欲が目を眩ませたのかもしれない。
ミュージカル中でソニン&昆夏美演じるマルグリット・アルノーがマリー・アントワネットのフリをしてロアン大司教を騙す場面があるが、実際にニコル・ドリヴァ男爵夫人と偽名を使った娼婦がマリー・アントワネットの替え玉となり、後にロアン大司教とともに逮捕された(その後無罪となり釈放)。
この事件により、実際は無実のマリー・アントワネットは国の財政を悪化させる象徴として、また大司教を誤認逮捕させ、ルイ16世に失脚させた悪女として、市民の不評を買うという一因となったとされている。