川崎フロンターレ小林悠選手と安彦選手との「友情の20年」の軌跡3
川崎フロンターレ小林悠選手と安彦選手との「友情の20年」の軌跡
第3回
小林悠の中に鎮座する「歴史と伝統と矜恃」
安彦考真
言葉を扱うのは難しい。
特に、SNSという一定の制限下で取り扱う言葉は、時に自分が込めた意図とは全然別の方向への議論を呼び起こすことがある。
先日、僕がTwitterに書き込んだ一文が一瞬注目を集めた。
それは、JリーガーのSNSの発言に対しての感想だったが、あるネットメディアが勝手に記事化したことで、賛否両論(というより「否」の方が多かったかもしれない……)を呼んだ。
“ジーコ超え”Jリーガーが他選手のSNS発信に「どんどん酷くなってる。でも自分じゃ気が付かないんだろうな。結構ヤバい」
「ゲキサカ」5/21(木) 5:55配信
僕自身は、特定の誰かを中傷したり文句を言うつもりで書いた訳ではない。
そして低い次元での揚げ足の取り合いを起こして炎上を狙った訳でも、もちろんない。
もっと言えば、僕時自身が「ジーコ超え」と思ったことは生涯一瞬たりともない(笑)。
選手たちはそれぞれファンサービスの一環として、またこんな状況下で多くの人たちが少しでも元気になるようにとの願いを込めて、自身のSNSから発信していると信じている。
ただ、スマホを使ってSNSを経由しての発信ということで、また、見ている人のほとんどが自分のファンやチームのサポーターばかりということで、「インターネットが全世界に繋がっていて、自分が知らない世界中の人から見られている可能性がある」という当たり前の事実を、時々忘れてしまっていることがあるのではと感じる時がある。
自分のことをよく知っているファンや関係者、サポーターとの輪の中であれば、ちょっとしたおふざけやジョーク、軽いノリも全然OKだろう。
けれど、SNSを経由することで、実際は自分のことを知らない人たちがリアルタイムに見ることができる状態なのだ。
そこで、たまたまその選手のキャラを知らない人が、選手がふざけている映像を見たとしたら……。
その視聴者にとって、「誰だかわからないけれど、Jリーガーと名乗っている人」の軽いノリの言動が「Jリーガーってこういう人たちなんだ……」となってもおかしくない。
たった1人の軽いノリが、Jリーガー全体の印象として捉えられてしまう可能性もあるんだよということ、僕たち1人ひとりがJリーガーという看板を背負っているんだよということ、僕たちJリーガーは全員肝に銘じてSNSを扱わなければならない。
僕は強くそう思っている。
今、僕たちがJリーガーとしてプロリーグという素晴らしい環境でプレーできるのも、30年ほど前に、日本サッカー界の大先輩たちが人生を賭けて「リーグのプロ化」「選手のプロ化」という大改革を成し遂げてくれたからだ。
その時、「アマチュアからプロに変わる」という大転換を迎えた当時の選手や指導者、リーグ関係者の方々は「プロリーグとはどういうことか?」「プロサッカー選手とはどうあるべきか?」を真剣に考え、100年後に日本中でサッカーが愛されるための環境づくりを本気で目指した。
そして、その後も、Jリーガーとしてプレーしたさまざまな先輩選手たちが、代々「プロとは?」という責任とプライドと理想像を脈々と受け継ぎ、Jリーグはついに、結成時に目標とした日本中にJリーグクラブが当たり前のように根付くという状況を作り上げてくれたのだ。
そんな先人たちの苦労の結晶を土台として、今のJリーグは存在する。
僕たちJリーガーはもう一度、そのことを思い出し、先人たちから受け取ったバトンをしっかり握りしめ、次に続く後輩たちに正しくつなげるということを思い出すべき時期なのではないか……。
僕はそんな思いでTwitterに呟いたのだ。
僕が40歳でJリーガーとしてプレーできるのは、日本サッカー界にこれまで関わってきたすべての大先輩たちが、常に革新的で形式に囚われない「Jリーグ」という夢舞台の環境を維持更新し続けてきてくれたおかげだ。
だから「40歳でJリーガーになる」といった一般の人から見て「無謀」「荒唐無稽」と感じる挑戦も、当たり前のように受け入れてくれる土壌がJリーグには形成されていたのだ。
どこかの政治家や官僚のように「前例がない」ということだけで、ことのすべてを決めるような考え方が主流の環境であれば、僕のような「前例がない」チャレンジは挑戦するチャンスすらもらえなかっただろう。
でも、Jリーグは違う。
日本全国、どんな町でも「Jリーグクラブを作る」となれば、Jリーグが規定する諸条件さえクリアできれば誰でも、どんな場所でもJリーグをめざすクラブを創設することができ、各カテゴリーの加入条件をクリアできれば、おらが街のクラブがいつかJ1のリーグに所属する門戸はいつでもはっきり開かれている。
そして、選手登録できる条件に年齢制限はないし、それまでの学歴も、偉い人から推薦状もいらない。
選手が望み、チームが契約すれば、誰でもJリーガーになれる。
それって、素晴らしい環境だと思いませんか?
僕は心から日本サッカー界は素晴らしいと思っているし、Jリーグが世界に誇れる組織だと確信している。
そして、こんな僕を仲間として受け入れてくれているJリーグに心から感謝している。
だからこそ、先人たちが人生を賭けて築き上げてきた「Jリーグ」の価値を、現役Jリーガーが軽い気持ちで捉えてしまっているのではと感じるのがとても悲しい。
そんなふうに考えてしまう僕の頭が固く、古いだけだと言われたなら、僕も少しは気が楽になるのだけれど……。
川崎フロンターレは、Jリーグの中でもクラブカラーがはっきりしていて、伝統を重んじるクラブという印象が強い。
そんな中で、何年も続けてキャプテンを任され、サポーターから愛され続ける小林悠という選手は、僕にとって「理想的なJリーガー」だ。
そんな悠とSNS経由でライブ配信をする。
そうなれば、僕がやるべきことは決まっている。
悠という人間の素晴らしい面をできるだけ引き出し、悠のファンやクラブのサポーターが喜ぶような彼の言動を見せてあげること。
そして同時に、僕たちのライブ配信をそれほど悠やサッカーに詳しくない人が偶然見た時、「Jリーガーっていいね」と思ってくれるきっかけとなるような対談を実現すること。
僕は、そのために綿密に準備を重ねたのだ。
僕と悠との初めてのインスタライブは最初から和気藹々と良いムードでスタートした。
僕は悠の高校時代の話や、そこでぶつかった壁、葛藤を乗り越えた話、そして大学を経由してプロの道に足を進めたところを皮切りに、その後、日本サッカー界の顔となるまでの成長の軌跡について、悠にじっくりと聞いた。
川崎フロンターレに加入した理由、日本代表に選出され、試合に出場した時のこと、なかなか優勝できない「シルバーコレクター」と称されたフロンターレがやっと掴んだリーグ制覇の時のこと、そしてチームのキャプテンとして挑んだシーズンのことなど、悠の内面についてどんどん掘り下げて聞いた。
僕からの質問に対して、悠の記憶はどの場面、どの時期のものも鮮明で、その時々の自身の気持ちや葛藤をしっかりと言語化して答えてくれた。
これは間違いなくトップ選手の共通点だが、悠も他の一流アスリートと同じくインプットとアウトプットがとてもうまい。
インプットとアウトプットと言っても「身体的なインプット&アウトプット」と「言語的なインプット&アウトプット」があると僕は考える。
言われた通りに身体を動かすことができる「身体的なインプット&アウトプット」に対し、「言語的なインプット&アウトプット」を高度に行うのはじつは非常に難しい。
特に「言語的なアウトプット」はとても難易度が高い。
それは、実際に感じたことや経験を相手に伝わるように言語化しないといけないからだ。
何となくの記憶では上っ面の言語にしかならず、聞いてる人にとっても薄っぺらい言葉としてだけが残ってしまう。
その時々で自分が感じたことや体験したことを、深く掘り下げる。そしてその感覚を言語化する。
そんな経路でアウトプットされた言葉には魂が宿っている。
僕はそんな魂の宿った言葉が大好物だ。
そして、そんな魂の宿った言葉を発する人物と対話をすることが大好きだ。
悠とのインスタライブの中で、僕は幾度もその魂(言霊)を感じることができた。
悠との対話はとても楽しかったし、熱くなれた。
それはなぜか。
それは、彼の言葉には、30年以上前から日本サッカー界に脈々と受け継がれてきた「Jリーガーとしての矜恃」が深く根付いていることがはっきりと僕に伝わってきたからだ。
僕は悠とのインスタライブを続けながら、日本サッカー界の歴史の偉大さを感じたし、その末端に所属できていることに心底感謝の気持ちでいっぱいになった。
日本サッカー界を代表する選手こそが持つ、影響力の強さをビシビシ感じたのだ。
(つづく)