川崎フロンターレ小林悠選手との「友情の20年」の軌跡4
川崎フロンターレ小林悠選手との「友情の20年」の軌跡
第4回
小林悠が僕だけに見せた「誰も知らない素顔」と「ある真実」
安彦考真
僕はよくリーダーシップがあると周囲に言われる。
現在所属するチームでは、ダントツの最年長ということもあって、選手が何人か集まった時は場を仕切ることもある。
もちろんチームにはキャプテンがいるので、正式な場では僕はチームの一員としての立ち振る舞いをする。けれど、緊急事態などで自分が「チームのために必要だ」と感じた時は、積極的に引っ張っていくことも少なくない。
振り返れば、過去に所属していたサッカースクールでも、大規模プロジェクトチームでも、ずっとリーダー的存在として集団を束ねていた。
グループのメンバーもその方がうまくいくと言ってくれたし、自分もそれがグループにとって良いと思っていた。
それでも常に「自分が仕切っていていいのか」「自分はちゃんと組織を牽引できているのか」と自問自答を繰り返していた。見た目は余裕を醸し出していたが、重要な場面で組織を鼓舞するパフォーマンスをする時は心の中で武者震いすることもあった。
小林悠は常にJリーグで優勝を期待され続ける常勝軍団のキャプテンをつとめている。
彼を高校時代から知っている僕から見れば、悠はリーダーっぽくないキャラクターだったような気もするが、それでも大事な場面ではどこか頼りたくなる存在感も秘めている、そんな若者だった。
だから、彼がチームのレジェンドである中村憲剛選手からキャプテンを引き継ぐと聞いた時、僕の胸の内は「絶対に大丈夫だろう」という思いと「責任を感じ過ぎて悠の良さが消えなければいいけれど……」という心配が交錯していた。
僕のそんな心配は杞憂だった。彼はキャプテンを見事に務め、チームをさらに一段上へと導いた。
悠は中村憲剛選手とはまた違う新しいキャプテンのスタイルを示して、自分の良さを消すことなく、チームの総合力を倍増する起点となった。
そんな悠を見ていて、とても頼もしいと感じた。
その結果、僕の悠の新たなイメージがまた1つ加わったように思えて嬉しかった。
今回の彼とのインスタライブで、悠自身はどのようにキャプテンという責務を果たそうと考えたのかを聞いてみた。
そこでの悠の答えは、僕の予想を遥かに超えた彼の強い決意を感じるエピソードだった。
悠がキャプテンを引き受けると決めた時、まず最初にやったこと。
それは、個別に中村憲剛選手に会いにいって「フォローアップをよろしくお願いします」と頼むことだったと、彼は教えてくれた。
しかも、ただサポート役をお願いしたのではなく「自分がキャプテンとして嫌われ役に徹するので、選手から不平不満が出た時にフォローをしてください」というものだった。
僕の中の「小林悠」は争いを好まない、調和を重んじるタイプの人間だった。
ストライカーといえば、エゴイストで自分勝手だというイメージがある。けれど、悠はそんな一般的なストライカーとは正反対の性格で、いつも周囲のことを考えて場を和ませることを自然とできる人間だった。
そんな悠が、自分から嫌われ役を買って出るなんて……僕は悠がその裏話を話すのを聞きながら、驚きと同時に尊敬の念を抱いた。
僕自身、リーダーシップをとることが多い。だから嫌われ役になるツラさを誰よりも知っている自負がある。
一時的に嫌われても、結果的にチームの好成績につながれば、後でみんなは考えを正してくれるということも知っている。だから僕は嫌われることに耐性がある。
でも悠は違う。いや、違うと思っていた。
彼はこれまですっと平穏を大切にし、波風が立たないようにすることに注力するタイプだった。
その証拠に、悠を悪く言う声を今まで僕は一度も聞いたことがない。これは常に競争の真っ只中にいて、一方的に敵意を持たれる可能性が高いプロアスリートではとても珍しいはずだ。
こどもの頃からずっとストライカーとしてプレーし続けているにもかかわらず、彼はピッチ外でエゴを出したことがない。そして、彼の口から他人を悪くいう言葉を聞いたことがない。
彼は弱肉強食という言葉から縁遠い、穏やかで安らかな心の持ち主なのだ。
そんな悠がチームの勝利のために、自分のキャラクターを偽ってまで、無理してでも嫌われ役に徹しようと決意したという。
そんな彼の姿勢を見て、彼のことをよく知るチームメイトたちはどれだけ意気に感じたことだろう。
「『自己愛』よりも『フロンターレ愛』が上回った瞬間でした(笑)」悠は笑いながら振り返った。
結果、悠が最優先事項とした優勝はもちろん、彼個人としても得点王とリーグMVPというビッグタイトルを取ることができた。
フロンターレもそこからシルバーコレクターの立場から常勝チームとして常に優勝争いする名門クラブへと昇格した。
悠は、前キャプテンでありクラブのレジェンドでもある中村憲剛選手から、キャプテンのポジションだけでなく、リーグMVP選手という最高の称号も見事に受け継ぐことに成功したのだ。
今シーズンから、フロンターレのキャプテンは悠から、谷口彰悟選手にバトンタッチされた。
僕は悠に聞いた。「中村憲剛選手が悠を陰で支えてくれたように、悠も谷口選手を支えるつもりでいるんだろう?」と。
すると悠はイタズラ小僧のような表情をして「僕はそんなキャラじゃないんで無理です(笑)」と笑って返してきた。
僕はその悠の本心とは真逆のセリフとおどけた表情を見て思わず吹き出して笑ってしまった。
彼にはこんなお茶目な一面もあるのだ。彼の人間としての魅力を改めて知った瞬間だった。そして、こんな彼だからこそ、きっとチームメイトもついていけたんだろうなと改めて感じた。
最初に僕のリーダーシップについての考えについて触れたが、悠は僕とはまったく違う形でリーダーシップというものを表現していた。
どちらがいい悪いというのではなく、結局「リーダーシップ」に正解はないということだ。もっといえば、100人いれば100通りの「正解」があるということ。
もし今、何かの組織の中でリーダーを任されることに重圧を感じている人がいるなら、こう伝えたい。
「リーダーに正解はない。自分らしく責任ある行動を取り続けることで組織はまとまるんだよ」と。
一般的なリーダー像にはない悠が、誰よりもリーダーとして個性派軍団を見事に束ね、チームを優勝へと導いたことが、その証だ。
今、悠はフロンターレではチームを引っ張る中心選手として替えの効かない存在となっている。またプライベートでも良き夫として、良き父親として、家族を守る大黒柱としての役割を完璧に務めている。
そして、ただ役目をまっとうするだけでなく、関わるすベての人たちに幸福感を与えている。
そんな稀有なキャラクターだ。
僕はそんな彼のたくさんの魅力をもっと多くの人に知ってほしいと切に思った。
そんな悠の素晴らしい人間性をたくさん見せてくれたインスタライブの合間に、彼を誹謗中傷するメッセージが何度か投稿された。
僕はその行為が許せなかったし、怒りを爆発させる寸前までいっていた。抗議の意味を込めて、何度かインスタライブを中断しようとまで考えていた。
けれど、当の本人は涼しい顔で受け流していた。
だから僕も怒りの感情をぐっと堪えて、最後まで悠との楽しい時間を優先させたのだった。
僕の想像だけれど、きっと悠も内心は穏やかではなかったはずだ。
せっかくの楽しい時間を、ほとんどの視聴者が悠の素の言動を見られることに楽しんでくれているこの機会を、少数のせいで無駄にする訳にはいかない……。
おそらく、いつもみんなの幸せを最優先に考える悠は、その行為に対する感情をグッと抑え、インスタライブを最後までやり遂げることを優先したのだろう。
きっと悠は普段からさまざまな嫌な思いをしているはずだ。
だから、今回の嫌な出来事に対しても対応する術を身につけている。
それは彼が「小林悠」であると同時に「川崎フロンターレのエース」であり「Jリーグの顔である」という自負と責任を理解し、責務の背負う覚悟があるからだろう。
けれど、だからといって見逃すことができることではないし、絶対に許されることではない。
この記事はせっかくの悠との素晴らしい時間のことを書いている。それを汚すことはしたくない。だから、この件に関する僕の考えは、また別の機会にしっかり書きたいと思う。
閑話休題。
インスタライブの最後に、悠に「今シーズンの目標」を聞いてみると「得点王に返り咲きたい」と即答した。
僕は何よりもチームのことを考えている悠が個人タイトルを明言することに驚いた。けれど、よくよく聞くと、彼のその思いにはある真意が込められていたことがわかった。
彼は毎朝、壁に貼った「得点王になる」という文字と向き合う時間を持っているという。
「僕が得点王を獲ることがチームの優勝と表裏一体の存在だと考えているんです」
そう言うと、悠はいつものイタズラ小僧のような表情でニコッと笑った……。
(終わり)
川崎フロンターレ小林悠選手との「友情の20年」の軌跡
第3回→ http://www.livest.net/entertainment/5146.html