「ロンドンの今」から100年後の日本を見据える

2020.6.16

安彦考真

教育プロジェクト<移民たちのリアルリサーチ>第8回

「教育」とは何か?

Jリーガー安彦考真選手にとって、それはプロサッカー選手になる前から人生を通じて自身に問い続けている問題だった。

子どもたちのサッカースクールのコーチや、さまざま理由で不登校になってしまった中高生たちの再起の場として創設した学校の先生として、安彦選手は常に「教育」の現場で活動をし続けてきた。

そんな中でさまざまな経験を経て、多くの子どもたちと触れ合ってきた中で、「教育」の重要性をより認識していった。

Jリーガーになった今だからできることは何か?

この課題に挑むため、安彦選手は高校時代の親友が紹介してくれたロンドン在住の日本人に会い、移民に関して日本より先をいっているロンドンの現状を聞いた。

Jリーガー安彦考真選手が問い続ける「教育」とは?

自治体から見たリアルな現状について、安彦選手の「移民」に関する最新リポートの第4回。

 

第1回→ http://www.livest.net/real/4990.html

第2回→ http://www.livest.net/area/4997.html

第3回→ http://www.livest.net/area/5114.html

「移民」先進国イギリスの現状を知る

相模原市議会議員、折笠正治氏を訪ねて

(第4回)

「コロナ以後」から100年後の日本を見据える

安彦考真

 

今年に入ってから世界中に大きな影響を与え続けたコロナウイルスの感染流行。

2020年も半年近く過ぎ、最初はさまざまな情報が錯綜して大混乱していた社会も、徐々に「コロナ以後」を見据えての活動が各所で始まりつつある。

Jリーグもついに7月4日に再開する。J2とJ3は今月27日にJ1より一足先に再開の予定で進んでいる。

正確に書けば、開幕して数試合行っていたJ1やJ2と比べて、僕の所属クラブであるY.S.C.C.横浜が属するJ3はまだ開幕すらしてしていなかったので、ここにきて2020年シーズンがやっとスタートすることになる。

僕は年初から「今シーズンを最後の年にする」と宣言していた。

そして有終の美を飾るべく、去年末から自主トレを行い、今シーズン開幕予定だった3月7日に向けて準備を重ねていた。

しかし、コロナウイルス 感染流行の影響で、Jリーグは活動休止となった。

再開時期も発表されては何度も延期の発表を繰り返した。

僕自身も感染予防につとめつつ、しかもチームでの練習もできない環境の中で、コンディションのピークをどこに定めて準備すればいいか悪戦苦闘し続けた。

 

おそらく他のJリーガーたちも状況は同じだっただろう。

プロアスリートの身体は繊細だ。一度作ったピークを不完全な環境の中でずっと持続させることは難しい。

そして身体以上に精神的な面でもピーキングは難しい問題だった。

いつ再開するかわからない状態で、ずっと張り詰め続けるわけにもいかないけれど、緩めすぎるわけにもいかない。

僕の最終シーズンは、スタート前から前代未聞のタフなシーズンとなっている。

しかし、だからこそ、心身ともに「タフさ」で言えばJリーガーの中でもトップクラスだと自負する僕にとっては、むしろよりチャンスが増えていると思っている。

正直に言えば、そうやって自分自身を洗脳して気持ちを高めないとコンディション維持が難しいほど、今シーズンはタフな環境なのだ。

日本では今月末からプロサッカーリーグが再開するが、ヨーロッパでは日本より早く再開している国もある。

ドイツ「ブンデスリーグ」は5月16日に無観客の状態でシーズンを再開。またスペイン「リーガ」は6月11日から同じく無観客での再開を果たしている。

そして、イングランド「プレミアリーグ」は本日、6月17日からシーズンがこちらも無観客の状態で再開される。

 

感染者数や死者数で日本を遥かに上回っていたヨーロッパ各国だったが、オランダやフランスなどが早々にシーズン打ち切りを決定した一方、上記の国は当初のシーズン終了予定を大幅に遅らせてでも再開し、予定試合数を完遂しようとしている。

それぞれ各国の事情や考え方、スポーツ界やリーグの方針などによって、この状況下でサッカーをするかどうかの判断は千差万別だ。

しかし、例えばドイツでは「もっとも早く再開を望むもの」というアンケートで国民の圧倒的多数が「サッカー」と答えたという結果が出ているように、ヨーロッパ各国ではサッカーは日本人には想像もつかないほど生活に浸透している。そんな国は多少のリスクを抱えてでも早い段階で再開にこぎつけることができた。

これは日本にいてはわからない、その国の中でサッカーの置かれた立場の違いとしか言いようがない。

日本ではサービス業や飲食業が再開する際、感染リスク以上に「経済面」の懸念が上回った結果の営業再開という風潮が散見する。しかし、ヨーロッパの、ことサッカーにおいては「経済面」以上に国民全体のサッカーに対する渇望に応えるという意味合いが強い。

まさに「no football , no life」だ。

J3のシーズン開幕が6月27日と決まり、チームの全体練習も再開。僕も所属するY.S.C.C.横浜の練習に加わり、改めてポジション争いに明け暮れる日々が再開した。

そんな折、4月にひさびさに再会して教育問題について話し合った折笠正治から連絡があった。

 

折笠は高校時代をともに過ごした悪友だったが、現在は相模原市議会議員として僕が住む街をより良くしようと奮闘している。

僕が教育問題について、特に日本で暮らす「移民」の人たちについてのリサーチを続けているということもあって、自治体としての取り組みや考え方を詳しく説明してくれた。

4月の再会後も、教育に関する活動についてお互い情報交換を重ねていた。そんな中、折笠が「会わせたい人がいるから時間を作ってくれないか」という連絡をくれた。

折笠が紹介したいという人なんだから、何をおいても最優先で時間を作るべきだと、翌日のスケジュールを調整し、早速会うことになった。

(写真中央が菊池勇弥さん、右が折笠正治市議会議員)

 

折笠が紹介してくれたのは、ロンドンの日本料理店「寿限無(じゅげむ)」の店主、菊池勇弥さん。

「寿限無」はミシュランガイドでも星を獲得するような名店で、プレミアリーグで活躍し、現在イタリアのサンプドリアでプレーする吉田麻也選手も足繁く通っていたそうだ。

菊池さんは折笠とは同い年で、小学校からの旧友として、ずっと親交を深めていた仲らしい。そんな関係もあって、折笠と高校時代の悪友だった僕のこともずっと注目してくれていたという。

話をし始めると、菊池さんも子どもの頃からずっとサッカーをやっていたということもあって、3人の同年代による話は一気に弾んだ。

 

サッカー話で盛り上がったところで、僕は菊池さんにロンドンの移民事情について聞いてみた。

すると、今回のコロナウイルス感染拡大の影響で、イギリスに住む移民たちは厳しい状況におかれていることがわかった。

多くの移民は不法滞在者であり、失業率が40%を超えているような状況で、さらにコロナウイルスによる悪影響を受けながらも、国からの補償もなければ病院へ行くこともできない過酷な状態だと菊池さんは眉を潜めた。

そもそも移民大国のイギリス。その中心地であるロンドンは、以前から街中で見かけるほとんどの人は観光客か移民という状態で、イギリス人に会うことが珍しいと言われる街。

ロンドンに住む人の中で、ロンドン生まれのイギリス人は20%程度しかいないと言われていて、それ以外の大多数は大英帝国時代の旧植民地出身者やアフリカや中東からの難民や不法移住した人たちで占められているという。

実際に、僕もロンドンに行った時、空港や大きな駅周辺に近づくほどインド人や中東の人ばかりが目についた。観光客目線で見れば「ここは本当にイギリスか」と疑うほどだった。

菊池さん曰く「バスに乗っていると『今、自分がどこの国にいるのだろう』と感じるほど、ロンドンは多国籍が当たり前になっている」とのこと。

 

そんなロンドンの移民の人の多くは、タクシードライバーや工事現場などを仕事としている人が多いと菊池さん。

さらには、最近は東欧からも多くの移民が流れてきているらしい。その中には仕事を求めてやってくる東欧出身者もいれば、「自由を求めて」東欧経由でロンドンにやってくる中東の難民もいるという。

もちろん勉学のためやビジネス目的でロンドンに移り住む人もいるだろうが、その数と移民の数は比べるべくもないほど少数派とのこと。

つまり、ある程度の生活レベルを持った上でロンドンに来る人より、最低限の生活レベルを求めてロンドンにやってくる人が圧倒的に多く、そういう人たちがイギリス人がやりたがらない聞けな仕事や退屈な仕事を請け負ってくれているという現状。

紛争中の国から逃れ、また身の危険を感じる状況から逃れ「生きるため」にロンドンにやってくる者。また母国では仕事がなく、生活できないため、同じく「生きるため」にロンドンに来た者。

その数は、中東やアフリカの社会情勢の不安定さに比例して年々激増しているという。

しかし、そんなたくさんの移民たちがやってきても、期待するほどロンドンでは仕事が有り余っているわけでは無いため、先に書いたように失業率が40%超えが当たり前の現実。

また今回コロナウイルスの影響で仕事は減り、病気になっても病院にも行けないという劣悪な環境に移民たちは苦しんでいる。

(写真右は菊池さん、左は菊池さんの店「寿限無」に来店した吉田麻也選手)

 

 

菊池さんのロンドンの実情を聞くにつれ、僕はどうしても日本の状況と比較してしまう。

今でも「キツい」「汚い」「危険」といった「3K」と呼ばれる仕事は外国人移住者に頼ろうとしている日本。今後、少子高齢化がさらに進むのが確実な中、その流れは一層大きくなることは間違いない。

つまり、ロンドンの現状は日本、特に東京のそう遠くない未来の姿を示していると言えるだろう。

そんな状況下で、果たして日本政府や自治体はこの大きな問題に対して、真剣に向き合っているのか。

僕は非常に疑問に感じている。

仮にこのまま真剣に向き合わないまま進んだ結果、移民たちの教育を疎かにし、使い捨てのような都合のいい扱いを続けていけば、移民たちの環境は悪化し続ける。そして彼ら彼女たちの不満が鬱積するだろう。

その結果、その地域の機能不全を引き起こす要因の大きな1つになっていくだろう。

本当なら、僕はすぐに立ち上がり、この問題に対して声を大にして訴えたい。

しかし、そのためにはまだ僕のリサーチは足りない面が多々ある。だから、今一度、リサーチをもっと続け、移住者たちの環境の変化をしっかりと把握し、移住者やその子どもたちの教育問題に対してしっかりと学び、正確な情報や知識をもとに的確に訴えていきたいと考えている。

(コロナウイルス感染拡大の際、日本のテレビ番組でロンドンの状況を語った菊池さん)

 

世の中は生まれながらにして不平等だ。

残念ながら、子どもたちは自分の出生の環境を選んで生まれてくることはできない。

ならば、僕たちが彼ら彼女たちが人間らしく生きるための環境づくりを、そして同じ日本に住む一員として暮らしやすくするための社会システムや教育システムの変革を担うべきだと考えている。

菊池さんと別れた後、僕は折笠に感謝の気持ちとともにこう言った。

「お互い40歳を超えて大きく人生を変えたもの同士、良い環境を残すことで、今以上に素晴らしい日本を後世にパトンタッチしていこう」と。

彼は大きくうなずいた。

自分の育った相模原に何を残せるか、リーグは開幕するけれど、今後も今まで以上に深くリサーチを続けていくと決意した。