なぜ、順調だったキャリアをすべて捨て、再出発しようとしたのか?
第2回:自分がわからなくなった人のための「自分らしさ」の見つけ方
朝、カーテンのすき間から差し込むやわらかな光。
それを見つめながら、ふと考えることがあります。
——このままの働き方でいいのだろうか、と。
そんな問いを抱える瞬間は、誰にでも訪れるものなのかもしれません。
とくに、40代後半から50代という人生の折り返し地点を迎えると、それまで積み重ねてきたキャリアの延長に、あまり明るい未来を思い描けなくなることがあるのです。
これは、私自身の経験でもあります。
編集者として出版社に勤め、やがて独立し、スポーツイベントの企画やプロモーションの仕事にも関わるようになりました。
振り返れば、やりたかったことを実現できていたはずでした。
それでも、コロナ禍という予期せぬ出来事は、私の歩みを突然止めてしまいました。
それまで駆け回っていた日々が一転し、静けさだけが残った日常。
その静けさの中で、自分の内側から浮かび上がってきたのは、こんな疑念でした。
——自分の仕事は、本当に意味があったのだろうか。
その問いに答えが出せないまま、私は迷子になりました。
そして、次第に「自分は何をしたいのかが、わからない」という状態に陥っていったのです。
「やりたいことがわからない」のは、悪いことではない
“やりたいことがわからない”という気持ちは、決して特別なものではありません。
むしろ、年齢を重ねるほど、自然と湧いてくるものだと感じています。
家庭や仕事で多くの責任を担ってきた世代は、自分の気持ちを後回しにしてきた時間が長い分、「何が好きか」「何をしたいか」という感覚が、少しずつ見えにくくなっていきます。
けれどそれは、“感覚がなくなった”のではなく、ただ“埋もれている”だけ。
深い雪の下に、小さな草花が眠っているように、自分のなかの“好き”や“本音”も、静かに息をひそめているのです。
自分軸は、突然ひらめくものではない
私たちは、なにか特別な才能や情熱が突然湧き上がってくるような“やりたいこと”を探しがちです。
でも本当は、それはすでに自分の中にあるものだと、私は思っています。
それに気づくためには、少しだけ手間をかけて、自分の過去を振り返ってみることが大切です。
——どんなときに、心が躍ったか。
——どんな仕事に、誇りを感じたか。
——逆に、どんな場面に違和感を覚えたか。
こうした問いを手がかりに、自分の記憶を丁寧に「編集」していくことで、やがてその人だけの「自分軸」が浮かび上がってくるのです。
好きなこと × 得意なこと=“わたしらしさ”
私がこれまで多くのアスリートや表現者たちと関わる中で感じたのは、「成功している人は、みんな“自分の軸”を持っている」ということでした。
その軸とは、「得意なこと」だけでも「好きなこと」だけでもありません。
両者が重なる場所に、自分の強みや可能性が息づいているように感じます。
たとえば、私自身でいえば、スポーツが好きだった。でも、それだけでは仕事にはならなかったかもしれません。
けれど「言葉にするのが得意」「人の思いを引き出して文章にするのが好き」という自分の特徴を掛け合わせたとき、「スポーツをテーマにした編集やライティング」という具体的な形が見えてきたのです。
これは特別な才能ではありません。
誰にでも、自分らしい組み合わせがあるはずです。
自分の過去を“編集”してみる
やりたいことがわからないとき、私はいつも「自分史」のようなものをつくります。
——どんな場所で、どんな人と、どんな時間を過ごしていたか。
——なにをしていたときに、「これだ」と思えたか。
——反対に、なにをしていたときに、心がついてこなかったか。
それらを、日記のように書き出してみると、自分の中に繰り返し現れるテーマや感情が見えてきます。
私は、「人の話を聞くこと」「その人の可能性を言葉で照らすこと」に一番やりがいを感じていたことに気づきました。
編集という仕事も、プロデュースも、キャリア支援のコンサルティングも、根っこにあるのは同じなのです。
自分軸は、“つくる”のではなく“思い出す”
「自分の軸を見つけよう」と考えると、どうしても「どこかに正解がある」と思ってしまいがちです。
でも本当は、それは“思い出す”ものです。
子どもの頃に夢中になったこと。
無意識に繰り返していた行動。
心が自然に反応した瞬間。
そういった記憶の断片の中に、自分の本質が眠っている気がします。
それを見つけるためには、少しだけ時間を取り、静かな場所で、心の声に耳を澄ませてみてください。
——あなたは、どんなときに満たされたと感じていましたか?
おわりに:問いを手放さずにいること
私たちは、大人になるにつれて「わからないこと」を避けようとします。
けれど、「やりたいことがわからない」という状態にこそ、大切な可能性が隠れている。
答えを急がなくてもいいのです。
問いを持ち続けること自体が、自分らしさへ近づく歩みだからです。
——私は、なにをしているときに、心が動くのか。
——わたしは、どんな風に人と関わりたいのか。
——本当に大切にしたい価値は、なんだろうか。
静かな時間の中で、これらの問いを、ゆっくりと味わってみてください。
答えは、あなたの中にもうあります。
ただ、まだ少しだけ、眠っているだけなのです。
次回予告
次回は、こうして見えてきた“自分軸”を、どうやって新しいキャリアに結びつけていくのか。
過去の経験を“再編集”しながら、あなただけの再スタートを描く方法について、お話ししてみたいと思います。