真のプロは作品の奥に己の正義を込める

2019.10.10

livest!編集長

人生を哲学的に見つめ、日々考えたことや感じたことを書き留める「人生哲学研究家」のブログ。

編集長ブログ
2019年10月9日

「真のアーティストは作品の奥に己の正義を込める」

スウェーデンの16歳の環境活動家グレタ・トゥンベリさんが温暖化対策を国連で訴え、香港では自由を求めて多くの若者が立ち上がっている。

日本ではその核となる問題提起よりも立ち上がった若者そのものにフォーカスされた報道が多く、若者たちが勇気を持って立ち上がった根拠や決意に注視することを避ける傾向が見られる。彼ら彼女たちが提起している問題は日本人にとっても決して他人事ではないテーマにもかかわらず。

クラシックコンサートを鑑賞していると、演奏自体だけでなくコンサートのラインナップの中に、時に指揮者やオーケストラの強いメッセージを感じる時がある。

この日の読売日本交響楽団の「第592回定期演奏会」もその1つだ。

80歳を超えてなお情熱溢れるタクトを振るう指揮者ユーリ・テミルカーノフさんが今回のコンサートで選曲したのはショスタコーヴィチの「交響曲第13番『バビ・ヤール』」。

曲名は第二次大戦中のナチスによるユダヤ人虐殺で多くの被害が出た谷の名前。その歴史的悲劇を題材に書き上げた詩人エフトゥシェンコの詩をもとにショスタコーヴィチが作曲した交響曲。

今この時にこの選曲が意味するものは、単なる音楽的観点を超えたテミルカーノフさんの密かなる強い意思を感じた人も少なくないだろう。

音楽家を含め世界的に高い評価を得ているアーティストたちは、単にその作品の質が高いだけでなく、その活動や作品の中に強いメッセージを込めている点において特別な価値を認められている。

長く世界的名指揮者として高く評価されて続けているテミルカーノフさんが、自身が指揮するコンサートにおいて気分でこの曲を選曲とは思えない。

大戦前後のソ連、ロシアを生き抜いてきたテミルカーノフさんは明確な信念を示さずとも、そのメッセージの方向性は私たちに伝えてくれているように感じる。

詩の中でエフトゥシェンコはこう綴る。

「ガリレオの同僚は保身と出世のために黙っていた。しかし彼は出世できなかった」

政治的なメッセージを掲げ、世界に高らかにアピールすることは大きな危険を伴う。自身はもちろん家族や友人にも多大なる影響を与えるだろう。そしてそんな改革の旗手に賛同することも同じような影響を受けがちだ。

そして多くの人は口ごもり、目を逸らし、日常の中に逃げ込んでいく。その背中はそのやり方の方が世渡り上手だと言わんばかりに。

日本で暮らし、日本の中だけに目を配っている限り気づかなくても済むけれど、今、世界は激動の時代の真っ只中だ。

そんな中、テミルカーノフさんは深いメッセージを曲に込めて淡々と指揮を執る。誰かに何かを伝えようとする強い意思を込めて。

読売日本交響楽団「第592回定期演奏会」

10月9日(水) 19:00

サントリーホール

【出演】

指揮=ユーリ・テミルカーノフ

バス=ピョートル・ミグノフ

男声合唱/新国立劇場合唱団(合唱指揮/冨平恭平)

【曲目】

ハイドン:交響曲第94番 ト長調「驚愕」

ショスタコーヴィチ:交響曲第13番 変ロ短調「バビ・ヤール」

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