神様を超えた「40歳Jリーガー誕生」秘話

2019.3.29

livest!編集部

20年のブランクを乗り越えたオールドルーキーのスタートライン

Livest!スペシャル対談

神様ジーコを超えた「40歳Jリーガー」誕生までの裏ストーリー

40歳でJリーガーとなった安彦考真選手。
現在、Y.S.C.C.横浜に所属し、2019シーズンの開幕戦に途中出場。Jリーグ開幕以来誰にも破られることのなかった、ジーコのJリーグ最年長デビュー記録(40歳2ヶ月)をついに塗り替えた安彦選手。
しかし、その過程は何度も厳しい障害が待ち受けていた。

ほぼ20年のブランクから一念発起、安彦選手がJリーガーをめざしたのは2017年夏。そこから4カ月、プロフェッショナルなトレーナーとマンツーマンで体を鍛え上げ、プロアスリートの肉体に磨き上げた。
2018年1月から水戸ホーリーホックの練習生としてプロチームの練習に参加。途中、予期せぬケガもありながら、3月、安彦選手はついに水戸ホーリーホック(当時)とのプロ契約を手にした。
まるで映画「ロッキー」のような展開に、安彦選手の同世代の中には「自分もまだ挑戦できる」と大きな勇気をもらったと語る人もいる。

オールドルーキーとしてそんなミラクルを起こした安彦選手のブランクのある肉体を、たった4カ月でプロ仕様にまで鍛え上げた1人が、田邊大吾トレーナーだ。
安彦選手が掲げた目標の1つだった「Jリーグ公式戦デビュー」を達成した記念として、安彦選手と田邊トレーナーに、当時のことを振り返ってもらった。

安彦考真(Jリーガー / Y.S.C.C.横浜所蔵)
田邊大吾(スポーツトレーナー / IWA ACADEMY)

スペシャル対談

20年のブランクを乗り越える「40歳からの肉体改造」

 

Q. 最初、「40歳でプロサッカー選手になる」という安彦さんの挑戦を聞いて、正直どう感じましたか?

田邊

他のポジションでは難しいと思ったかもしれませんが、安彦さんはFWの選手。このポジションは長距離を走るより短い距離をダッシュすることの方が多いので、その点では年齢はあまり関係ないと思いました。

安彦

40歳でJリーガーをめざすことを決めて、すぐに4ヶ月のトレーニング指導をお願いしました。「プロで通用する身体作りをしてほしい」と。
実際、Jリーグに出場するとなれば、その時には41歳なっている。そんな状態で「どんな選手をめざすのか?」「プロチームのどこに自分のチャンスはあるか?」と考えた時「誰よりもハードワークできる選手」というポジションをめざそうと考えました。
「41歳でもまだまだ動けるんだぞ」ということを身を以て証明したかったという気持ちが強かったですね。

田邊

安彦さんの「ハードワークできる選手」という希望を聞いて、どういうトレーニング方針でいくか検討した時に考えたのは「ただスタミナオバケをめざしても仕方ない」ということでした。
実際に走りまくっている選手でも、その動きが非効率なら相手にとっては放っておけばいい。相手にとって「怖い存在」になるためには、自分の力を効率良く出して効果的に動くことができる選手をめざすこと。
サッカーで言えば、「ヨーイドン!」で走るわけではないので、走り続けられるスタミナより短い距離の中での加速が大事だと考えました。
目標に掲げたのは、「この4ヶ月で6〜7歩目でトップスピードに乗れる動きが常にできる」こと。
これができるようになれば、トータルでの走行距離が減っても、プレー的には相手はもちろん味方に対しても「めちゃくちゃ走りまくっているハードワークできる選手」と評価してもらえる選手になれると考えました。

 

Q. 最初にトレーニングを依頼した際、たとえば数値など、何か目標を定めましたか?

田邊

目標の数値を出してしまうと、数字を達成することに固執してしまう危険性があります。
しかし本来の目的は「トレーニングによって、プロサッカー選手としてプレーできるレベルにまで持っていく」ということ。
筋肉量や体脂肪率などは数値化できても「求める動き」は数値化できないですし、それらの数値を達成するやり方とはまったく別のアプローチで臨みました。

安彦

まずは「4ヶ月後にプロとしてプレーできる体を作りたい」と伝えました。
不安はいろんな面でありましたが、その中でも特にスタミナ面で不安がありました。なので「筋力アップだけでなく、有酸素運動によるスタミナ強化」をリクエストしました。
大吾さんに伝えたのはそれだけ。具体的な数値目標は一切話に出しませんでしたね。

田邊

大切なことは「無駄な動作をしない」ということ。
正しい動きができれば、力がスムーズに出せるので、力むことなく持っている力を最大限に発揮できるようになる。
例えるなら「バーベルをいかに楽に持ち上げるか」。
正しい体の使い方をすれば、重いバーベルでも楽に持ち上げられる。それと同じようにサッカーに必要な動きが正しく楽にできるようになることを、この4ヶ月間の最終目標に定めて指導しました。

 

Q. 最初のトレーニングの時に感じたことは?

田邊

安彦さんの体の質は非常に高いものでした。筋肉の質が良く関節もしっかりしていた。
最初に体をチェックさせてもらった時は、もともとアスリート的な肉体を持っている人だと思いました。
ところがいざトレーニングを始めた途端、急に体が硬くなった。「あのしなやかさはどこへ?」って驚きました(笑)
つまり安彦さんは持っているものは非常に良かったけれど、使い方が非常に悪いという特徴を持っていた。

 

Q. その原因は何だと分析しましたか?

田邊

じっとしている時はしなやかなのにいざ動こうとすると体が硬くなる人は、精神的な問題を抱えている場合が多い。
たとえば以前大きなケガをした経験があり、それがトラウマになって体が無意識に過剰防衛の反応をしてしまうとか。過去の記憶によってブレーキをかけてしまうことが起因していることが少なくありません。
また「相手は自分よりも強いのでは……」という不安が無意識に出てしまい、劣等感で体に余計な力が入ってしまうこともあります。
安彦さんの場合も精神的な問題で、自分のベストな力を発揮できない傾向があるのだろうと分析しました。

安彦

確かにこれまでのプレー経験を振り返ってみると、例えば確かにボールを競り合う時「ボールを取られないようにしよう」とか「ちゃんとキープしよう」という意識が強くなり過ぎて、プレーの1つ1つが重くなってしまうことがあったかもしれません。

田邊

サッカーは最終的に相手にボールを取られなければいい。局面の競り合いでは51対49でも勝てばいい。
にも関わらず「完璧に相手を抑えなければ」とか「絶対にボールを取られないようにしよう」とか、必要以上に余裕がない状態になってしまい、体が硬くなりスタミナもロスする。
本来であれば確実にできるプレーが出せなくなったり、勝てる競り合いで負けてしまうのは、筋力やスタミナの問題というより、無駄に力が入ってしまうからということがどんなスポーツ競技でも多い。
安彦さんもその傾向が強いように感じました。

Q. プロアスリートをめざしての4ヶ月間。途中で不安になったりはしましたか?

安彦

プロ仕様の体を作る、持っている力を発揮できる状態にするという意味では、不安を感じたことはなかったですね。
それよりも所属先が決まるかどうかや練習生の立場からプロ契約を勝ち取れるかという不安が大きかった。

田邊

トレーニング指導できる時間の制約や場所の問題があり、長距離を走る時の動きなどできない部分もありましたが、安彦さんがプロとしてプレーできるだけのレベルにまでは持っていけたと思っています。
ただ最後まで手間取ったのが、やっぱり「肩に力が入る」こと。力みの問題ですね。

安彦

順調にトレーニングを積んで「これはできる」と自信を持ち始めた時に、サッカーの練習で足首をケガしてしまって……。トレーニングが順調だったぶん、その時はかなり悔しかったし「ケガのせいで間に合わないかも」という不安がありました。
でも大吾さんや同じくトレーニングを始動してくれた木村匡宏トレーナーとチーム一丸となって「いけるよ」という良い雰囲気ができていたので、気持ちを切らさずに挑戦し続けることができました。

結果的にケガで下半身のトレーニングができなかった期間で、重点的に「肩甲骨を下げる」ことや「骨盤の正しい動き」が無意識でもできるようになった。これは怪我の功名でした。

 

Q. 安彦選手に限らず、「アスリートが上達するために必須のこと」は何だと思いますか?

田邊

一番大事なのは指導者から「これをやってみてください」と言われた時、今までのことを脇に置いてとりあえずやってみること。
これはポテンシャルは高いものを持っているのにもうひと伸びできないでいる選手に多いのですが、どうしても自分の考えを捨てきれずに変に自己流を取り入れてしまう。下手に部分的にしか受け入れない選手より、毎回ゼロの状態になってトライし続けられる選手の方が確実に伸びます。
上達するためには「素直さ」が一番大切だと思います。
安彦さんはこちらの指導に対して、一回全部捨てて、毎回真っさらになって取り組んでくれました。そういう姿勢を貫ける人は強いですね。

安彦

昔から自分のプレーに固執する気は全然なくて、信頼できる人の言葉なら素直に受け入れられるタイプでしたね。

田邊

実際は安彦さんのようにできる人の方が少ないんです。
例えばお子さんに教える場合、我が捨てられないというより自分では癖を直せない、体をゼロの状態に持っていけないということが多々あります。
そんな時は口でいろいろ教えるよりも接触刺激で教えてあげるという方法を取ります。手で動かしたい部位に触れながら「ここをこうやって動かすんだよ」と教えてあげると、できなかった子ができるようになったりします。

同じように、なかなか自分では癖を直せない大人の場合も、このやり方を使う時があります。
大人の場合、具体的には「逃げ場をなくす」。例えば先にヒザが曲がらないようにロックしてしまう。体が自由に動くと癖が出てしまうという人は、まず羽交い締めにする(笑)。

これはあくまでイメージですよ(笑)。上体から腰、ヒザ、足首まで、動きにいろいろ選択肢があり過ぎると自分の癖がどうしても出てしまう。そんな時はちょっと強引に動ける範囲を制限してしまう。そうしながら正しく動かしたい部位にだけ集中してトレーニングしてもらう。

これを繰り返すことで体に正しい動きを覚えさせる。言葉で指導するだけでなく柔軟なアイデアで工夫しながらトレーニングすることも、上達するために必要なことだと思います。

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