Jリーガーが提案する「1億人総センセイ」化

2019.10.27

安彦考真

2020年度からの教育改革を前に、現役Jリーガーが「教育」の課題に向き合う

 

2020年度から学校教育の根幹をなす学習指導要領や大学入試制度などが刷新される「教育改革」が開始される。

この教育改革を行う背景には、科学技術の飛躍的な進歩による社会の急激な変化の中、1947年に制定された教育法を基にした指針のマイナーチェンジではこれからの国際社会に適応する人材育成に対応し切れなくなってきたためだ。

2020年度から文部科学省の定める学習指導要領が変わり、小学校から高校まで新しい時代の到来を見越した新しい学習指導要領に沿った授業が始まる。

また、同時に大学入試制度も大きく変わり、センター試験と呼ばれていた入試テストが「大学入学共通テスト」という名称に変わり、マークシート形式だけでなく記述式問題が導入され、英語はこれまでの「聞く」「読む」に加えて「話す」「書く」の4技能評価となるなど、すべての学年において大規模な変革が実施される。

そんな教育の現場にとって過渡期の今、現役Jリーガーとして「教育」に大きな関心を持っていると話す安彦考真選手に、この教育改革についてどのように捉え、自身はどのような考えで「教育」に対して取り組もうと考えているのかをリアルアンサーしてもらった。

 

リアルアンサー
2019年10月25日

 

Y.S.C.C.横浜

安彦考真

「教育の現場が変わる今、大人たちも変わる必要がある」

 

来年度から大きく変わる日本の教育。学習指導要領が変わり、大学入試が変わる。
結果的に「人材の均質化」に偏ってしまっている今の教育方針から、主体的に自ら学び、その知識や技能を表現力豊かに協働していく人材を育てることに方向転換することが目的のようだ。

この変革を導入する背景には、社会構造の変化と今後の社会がより予見困難な時代になっていくという予測がベースにあるという。
知れば知るほど、次の時代は「答えのない時代」となりそうだ。

 

僕はJリーガーになる前は、サッカーの指導者として、また教育機関の講師として長い間、多くの子どもたちと向き合ってきた。
発達障害を抱える子どもやそれに悩む親御さん。小学校、中学校と引きこもりになり通常のルートからドロップアウトしてしまった子どもたち。まずは”好きなことからはじめよう"とサッカーを通した教育を軸においた通信制高等学校に通う高校生たち……。

僕がこれまでに接してきた彼ら彼女たちに見受けられがちな共通点は、学校という存在への疑問と自分という人間の存在への疑問。そして、大人への不信感が強くあった。
また、それと同時に「努力を継続する〝筋力〟」が備わっていない子どもたちも多かったように思う。

 

そして、彼ら彼女たちと接する中で僕が感じたのは、子どもたちの「目的意識の希薄さ」だった。

それはもしかすると、社会がこれからどんな風に変化して、今後どんな人材が求められているのかなど、社会に出る上で必要となる明確な「正解」がなくなったことに対する不安も影響していたのかもしれない。

 

今までは、高校から大学へ行き、就職をして、結婚をし家庭を持ち、家を買い、家族を養い、会社に貢献する。そんな生き方がなんの疑いもなく〝幸せ〟だとみんなが思い込み、みんなが望む〝理想像〟だった。

しかし、時代が変わり、そんな理想を正解と思わない子どもたちもたくさん出てきた。その結果、親と子の間に考え方や意見の相違が生まれ、先生との対立が生まれ、友だちとの価値観の相違が生まれていったように思う。

そんな対立の中で、「答えがない時代」を生きていく術を示してもらっていない子どもたちは、世代間の対立によるジレンマを抱えたままでは学校には通うことができなくなり、結果、不登校となっていったと僕は捉えている。

 

僕は来年から大きく変わる日本教育に大きな可能性と不安を感じている。

これからの社会は確実に〝応えのない〟〝正解のない〟時代となるだろう。「記憶」を暗記で終わらせず、記憶を編集させ「自分の意見」としての「知識」で使うことが必要不可欠となる社会。しかもその知識に、自分の感情を乗せて話をする「表現力」も必要となってくるはずだ。

今僕たちが生きている社会にはどこにも〝正解〟というものがない。

答えを探すより「答えを想像する力」が必須となる時代が目の前までやってきている。そうなると、ありのままの姿勢=「子ども力」に共感が集まる時代になっていくように思える。

 

「子ども力」とは言い換えれば好奇心と言ってもいいかもしれない。

この好奇心や想像力の根本には、教科書の中のルールでは測りきれない「直感力」的なものが大きな比重を占めると思う。僕はそんな「直感力」を育む教育改革が2020年度から進められていくのではないかと感じている。

 

ただ一方で、不安な部分として、それを教える先生側にその「子ども力」が備わっていない人が大多数だという現実がある。

先生たちは今回の教育改革以前の〝旧〟教育制度で育ち、長い期間〝旧〟教育制度をベースに子どもたちに指導してきた経験しかない。

先生たちの能力の問題ではなく、これは改革が行われる際に必ず起こりうるギャップだ。だから早急に解決する問題ではなく、ある程度長い猶予期間が必要となるはずだ。

しかし、そうなると、教育改革が導入されてもしばらくは理想とされる「導く指導」はなかなか実施されず、結果、今までとほとんど変わらないか、困った挙句に「放任する無責任指導」になってしまいそうな気がする。これは早急に対応策が求められる課題だと僕は考えている。

 

では、僕らは大人は、この改革をどう受け止めるべきなのか。

それは、学校や塾、習い事などに教育を任せるのではなく、社会に育ててもらった感謝の恩返しとして、誰もがセンセイになるつもりでいることが重要だ。

SNSが発達し、1億2千万人が「総メディア化」した今、1億2千万人が「総センセイ化」するような意識転換が必要だと僕は考える。

 

僕が「0円先生」を始めたのも、現状の社会と教育指針とのギャップをどうにかして埋められないかと考えたがキッカケだ。
学校で教わる暗記を前提にした授業スタイルから、社会で必要なことは何かという大きな視点でその子を見ていく授業スタイルが必要だと感じたからだ。

 

僕もまだまだ無知で無力だが、40歳でJリーガーになるという稀有な経験を積み、変化の著しい社会の中で「自分で正解を探して」生きているという自負がある。だからこそ、社会に返せる恩があると考えている。

Jリーガーとしてサッカーが持つ大きな影響力を社会的意義のあるもの伝えていく。それが僕の使命だと思っている。

周囲のみんなから無謀と言われた「40歳でJリーガーを目指す」という「自分の正解を見つける」挑戦の経験を生かし、また現役Jリーガーであるという意味を理解し、これからよりしっかりと社会に恩返していきたいと思う。

 

子どもたちが「〝幸せ〟とは何か」を自らの経験の中で学び、自分が生きていく現実の社会の歩き方を見つけることができるよう、僕は僕の立場からできるメッセージをこれからも発信し続けたいと思う。

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