
心を動かすアートの力の源泉とは
今年7月、河口湖ステラシアターで、ベルリン・フィルによる「ヴァルトビューネ」が開催されると知った時、昨年9月に訪れた同会場での「富士山河口湖ピアノフェスティバル2024」のことを思い出した。
ヴァルトビューネとは、1984年に初めてドイツで開催された野外コンサートで、以来ベルリンの夏の風物詩としてクラシック音楽ファンはもちろん、世界中の音楽愛好家たちが愛してやまない夏の音楽フェスだ。
クラシック音楽を楽しめる野外音楽フェス
そんな素晴らしい音楽フェスが、2025年、日本で初めて開催される。
ドイツ以外で初めて開催されるヴァルトビューネには、クラシック音楽界を牽引する若き天才マエストロであるグスターボ・ドゥダメルが、世界最高峰のオーケストラであるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を率いて来日。
本場ドイツでは2万人以上を集める超大型音楽イベントを、約3000席の会場で開催するということで、当日の河口湖ステラシアターがどんな素晴らしい空間となるか想像もつかない。

天才たちのセッションから生まれる奇跡的な演奏
9月のピアノフェスも河口湖ステラシアターは満席状態で、すでに肌寒かったホールまでの道のりと一転、会場内は熱気と熱いステージパフォーマンスで寒さを忘れるほどだった。
フェスのお目当ての第一は、小曽根真さん。
そして、小曽根真さんのピアノと、注目の存在である松井秀太郎さんとのトランペットとの共演を楽しみに河口湖まで向かった。
松井秀太郎さんは当時24歳(10月で25歳になったばかり)の期待のトランペッター。
若さを爆発させるような激しい音色の中に、聴く者の心を弾ませるような優しさ、そして音楽に対する深い愛情を感じる素晴らしいアーティストだ。
小曽根真さんとは師匠と弟子の関係で、この日の演奏曲であるショスタコーヴィチのピアノ協奏曲 第1番でも、2人の息の合ったセッションの端々に、お互いを刺激し合うようなジャズ要素を感じる野外音楽フェスにふさわしい最高のパフォーマンスを披露してくれた。

クラシック音楽とジャズ音楽
大好きなピアニストである小曽根真さんは、もともとジャズ演奏者。
ジャズ・ピアニストととしてグラミー賞にノミネートされるなど、卒業したバークリー音楽大学から名誉博士号を授与されるほどのレジェンド。
ジャズ・ピアニストとして高い評価を得た後に、クラシックにも挑戦し、世界中のオーケストラとの共演を果たすという異色の経歴を持つ多才なピアニストでもある。
ジャズの血が流れる小曽根真さんだからこそ、クラシック音楽の演奏も時に即興的で、聴くたびに異なる演奏スタイルで魅了してくれるクラシック音楽界では異色の存在。
しかし、その自由なスタンスが何度でも聴きたいと思わせる不思議な魅力を放ち続けている。
一方の松井秀太郎さんは、高校時代はクラシック音楽を学んでいたが、国立音楽大学に入学後、小曽根真さんと出会い、以降はジャズ・トランペッターとして日進月歩の進化を続ける若き天才アーティスト。
クラシック音楽とジャズの高い次元での融合という点で共通点を持つ両者の奏でる音楽は、非常に多層的で、教科書に縛られることなく「自分らしさ」を大切にするような自由な表現を常に感じさせてくれる。

即興性を感じるジャズの根底に流れる絶対的基礎
クラシック音楽が基礎を重要視し、ジャズはこれを壊していく自由さを大切にする — そんな自分の中の間違ったイメージを壊してくれたのは、大江千里さんだった。
大江千里さんは、J-POP界で一時代を築いたトップアーティストとして有名だが、今はジャズ・ピアニストとして活動している。
日本の音楽界で安泰だった地位を捨て、47歳でゼロの状態でアメリカに渡り、10代の若者とたちに混じってジャズの学校で基礎から学び直した挑戦者であり、「おじさんの星」だ。
そんな大江千里さんが書いた本「9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学」を読むと、アラフィフで自分の夢を実現するために、ゼロの状態で本場に挑み、音楽に没頭する挑戦の日々の苦しみが克明に描かれている。
苦悩の遥か先に確実に見えている「夢」を頼りに、何度倒れても立ち上がり続ける大江千里さんのファイティング・スピリットに、どこか眩しさを感じてしまう。
それとともに、自由なイメージのあるジャズに、これほど綿密な基礎や定理が存在するということを、大江千里さんが学校で学ぶ過程の中で知ることができ、ジャズのイメージが一変された。

松井秀太郎さんが取り上げられた情熱大陸を見て、初めて松井秀太郎さんが学生時代、学校に馴染めず不登校気味だったことを知った。
その時、心の支えになったのが音楽、そしてトランペットだったということも知った。
松井秀太郎さんの奏でるトランペットの音色の中に、あたたかみや優しさ、そしてどこか儚げな印象を感じていたのは、もしかすると音楽に対する思いが演奏に溢れているからかもしれない。

努力できないなら、天才たちのパフォーマンスを楽しめばいい
若くして注目を浴びるアーティストたちは、ともすれば才能だけでそのポジションを獲得したかのように外野は錯覚してしまいがちだ。
しかし、クラシックにしろジャズにしろ、その分野でチャンスを得るためには、気の遠くなるような時間と労力をかけて基礎を身につける時期が必ず必要となる。
若き天才はそのスタートが早かったからこそ、そしてその学びの時間が深く濃かったから、注目を集めるのも早くなっただけで、どんな分野でも基礎を疎かにしている限り、チャンスを掴むことも、夢を実現することも叶わないのは絶対の定理だと、最近は改めて実感する。
しかし、基礎を真面目にやっていれば夢を実現できるかどうかは別で、それは必要最低条件であり、「人の心を動かす力」を持てるかどうかは、また別の要素が重要になる。
小曽根真さんも松井秀太郎さんも、ベルリン・フィルのメンバーも、生まれた時から天才だった訳ではなく、地道な基礎を疎かにせず、自分の血肉に変え、その上でオリジナリティを融和する努力を続けた結果、今のステージに辿り着いていることを、私たちは忘れてはいけない。
夢を実現したければ、私たちは常に努力しなければいけない。
そして、その努力をも楽しめるような夢への強い思いを持ち続けなければならない。
それが無理なら、チケット代を払って、挑戦者たちのパフォーマンスを楽しめばいい。

小曽根真さんのピアノと松井秀太郎さんのトランペットが、クラシック音楽界の顔でもある一流オーケストラ、東京フィルハーモニー交響楽団と奏でる素晴らしいハーモニーは、初秋の山間の澄んだ空気に見事に調和し、東京のホールでは感じられない音楽の持つ新たな魅力の一面を教えてくれた。
きっとソリストの小曽根真さんも、サントリーホールではできないような大胆な即興的なアレンジを、野外音楽フェスだから自由に発揮したのだろう。
おそらく、今夏開催されるヴァルトビューネも、サントリーホールで鑑賞する世界最高レベルのベルリン・フィルとは異なるフレッシュな魅力をきっと見せてくれるはずだ。

富士山河口湖ピアノフェスティバル2024
小曽根真 清水和音 辻井伸行 ナンバーワンGALA
2024年9月23日(月祝)1400-1700
河口湖ステラシアター
【出演】
小曽根真(ピアノ)
清水和音(ピアノ)
辻井伸行(ピアノ)
松井秀太郎(トランペット)
梅田俊明(指揮)
東京フィルハーモニー交響楽団
【曲目】
1st Stage:小曽根真
ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲 第1番
小曽根真(ピアノ)
松井秀太郎(トランペット)
梅田俊明 指揮/東京フィルハーモニー交響楽団
2nd Stage:清水和音
ブラームス:ピアノ協奏曲 第1番
清水和音(ピアノ)
梅田俊明 指揮/東京フィルハーモニー交響楽団
3rd Stage:辻井伸行
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲 第1番
辻井伸行(ピアノ)
梅田俊明 指揮/東京フィルハーモニー交響楽団















