舞台「家族熱]

2018.7.11

livest!編集部

舞台『家族熱』

2018年5月31日
東京芸術劇場 シアターウエスト

 

日程 : 2018年05月29日 (火) ~2018年06月05日 (火)

会場 : シアターウエスト

作・演出原作:向田邦子

企画・台本・演出:合津直枝

出演 : ミムラ、溝端淳平

 

池袋駅前にある東京芸術劇場は地下通路から直結で、悪天候の日や暑い日でも楽に入館できる素晴らしい立地にあるだけでなく、大小いくつもの劇場スペースがあり、鑑賞環境も素晴らしい。
こういった施設が日本中に増えていけば、舞台やミュージカルもさらに人気が出ると思う一方、もっと人気が出ることが、こういった施設建設につながるという逆説的な考えも同時に頭に浮かぶ。卵が先か鶏が先か…。

 

東京芸術劇場はちょうど1週間前に「酒と涙とジキルとハイド」を鑑賞したばかり。
すでに何度も足を運んで勝手知ったる劇場だが、「シアターウエスト」での舞台鑑賞は初めて。
4月に舞台「In This House 最後の夜、最初の朝」を観たシアターイーストとはまた違い、座席が全席(?)仮設で、より小劇場的雰囲気。自分が座った前から3列目は、仮設席のぶん、傾斜がなくて少し観づらいが、今回の舞台は出演は2人だけで舞台の転換などもなく、動きも少ないためにとても観やすかった。
舞台の幅も広くないぶん、3列目だと舞台のどの位置で演技が行われても、役者の細かい表情までよく見える。

余談だが、テレビドラマなどにも多く出演する俳優や女優の人を舞台で実物を肉眼で見ると、「こんな顔をしているんだ!」とか「こんな雰囲気ある人なんだ!」とか想像と違う印象を受けることが多い。
個人的な印象だが、テレビと大きく違うのは顔の見え方。舞台上の俳優&女優を肉眼で見ると、テレビで見る印象よりも顔も体もとにかく小さい! それは顔の彫りや立体感がはっきりわかるからで、テレビだと顔が平面的に見え、そのぶん大きく見えるのだろう。小顔で有名な女優さんが、テレビで見るよりさらに小顔で驚くことも多い。以上、余談でした。

この演劇は、溝端淳平さんとミムラさんの2人芝居。原作は向田邦子さんで、ドラマ化もされた(らしい)「家族熱」のその後という設定らしい。

出演者の1人、ミムラさんは冒頭のセリフで空気を変える力と魅力を持つ素晴らしい女優だった。
テレビドラマでも活躍されているが、美しくよく通る声と豊かな表現力を秘めた表情は、こういった舞台こそよりその魅力が発揮される印象で、お金を払って見る価値のある役者さんだと感じた。思っていたより少しスタイルが悪いと感じたが、逆にその普通っぽいボディラインがむしろ生々しい妖艶さを醸し出していた。

 

偶然出会った2人が世間話をするシーンがベースとなりつつ、ところどころに過去のやりとりが再現される内容で、ストーリーは難しくないが、ボーッと観ていると細かいやりとりの意味が取りづらくなったりすることもあった。
(実の母親を「おふくろ」と呼び、後妻のミムラのことを「お母さん」と呼び分けているが、ところどころで「どっちのこと?」となったりした)

 

溝端淳平さんの演技は、2人芝居ということもあって基本棒立ち状態で演技する時間が長かったが、その時の立ち姿が手持ち無沙汰感が滲み出ていて、テレビドラマでイケメン役をやっているレベルからもう1つ抜け切らない印象だったが、良い声でセリフが聞きやすかった。

 

一方、ミムラさんはセリフや演技がまったく先走りのない程よいリズムを取り続けていて、演技が受け入れやすく、時折差し込まれる内面の言葉や誰かの真似をする演技、喜怒哀楽のメリハリなど、どれもが高いクオリティで舞台女優としての存在感が素晴しかった。
溝端淳平さんと違って、棒立ちのシーンでもまったく手持ち無沙汰感もなく、演技に見えない自然体で別格感を見せていたように感じた。

 

溝端淳平さんは1989年生まれということで、今年30歳。
まだ顔はツルツルスベスベしていて張りがあり、目や髪にも潤いがあって、まだまだイケメン俳優としてテレビドラマで活躍できる若さを感じた。
けれど、アラサーの俳優はそれこそ毎年のように新進気鋭のニューフェイスが次々と現れ、イケメンポジションの競争は熾烈を極める。溝端淳平さんも、売れ始めた頃は主役の部下役的なポジションで、イケメン枠の期待の星だっただろうが、今は印象的に頭打ち感もある(あくまで個人的見解です)。
今回の舞台が本人の意向かマネジメント事務所の意向かはわからないが、なんとか殻を破ろうという意識があるのはヒシヒシと感じた。
しかし、ライバルは多く、これからもどんどん新たなチャレンジャーが生み出され続ける厳しい世界に生きている。
無責任な一般人は「イケメンで俳優で、前途有望で羨ましい」と思うが、例えこのまま役に恵まれずに消えていったとしても、誰も彼のことを惜しまないし、下手すると思い出すことさえないかもしれない。

 

振り返って、自分が30歳だった頃を今振り返ってみれば、こう思う。
もし今の自分があの頃に戻れれば、もっとできること、可能性をたくさん与えられていた時期。でもバカみたいに調子に乗ってその時の楽しさや快楽にばかり走り、自分を見失い、調子に乗って、無限の可能性を自ら捨ててしまっていた、そんな時代。

そんな頃と同年代の溝端淳平さんが今、目の前で2人芝居という難易度の高いわりには、小劇場で少ない観客の前で懸命に自分の可能性に挑戦している姿を見て、厳しい生存競争に勝ち抜くために挑戦する彼の高い意欲と比べて、自身のダメさを改めて痛感し、後悔の念を抱きながら舞台を見続けた。

 

「自分はすごい」「できる人間だ」そう思うことは大切だ。しかし一方で、自身を客観的に見れるかどうかで、その自惚れや思い込みは可能性を潰すことにつながることを、年齢を重ねてから知った。
今、自分にはその頃に手にしていたものは何もなくなってしまっている。その時の楽しさや快楽を優先するばかりに、その時に得られた次へのチャンスをすべて消費してしまっていたからだ。

目の前で懸命に演技をしている溝端淳平さんと同じ年齢の自分は、懸命に生きていなかった。
一方で彼は今、懸命に生き抜こうとしている。それはもしかすると前向きな挑戦ではなく、崖っぷちの気持ちなのかもしれない。

 

自分が崖っぷちであるという自覚を持つことは、とても難しいと自分の人生を振り返って、今頃知った。
自分が崖っぷちにいたということを、その時は全然気づかなかったという人の方が多いだろう。もしかすると、崖から落ちたことさえ気づかないまま、亡霊のように生きている人もいるかもしれない。

しかし、人生は巻き戻せない。悔しければ、今からできることをやるしかない。
アラサーだったらできることでも、40代も半分終わった今はできないことが多い。
しかしそれでも人生は続く。
もし自分があの頃を悔いる気持ちが本当なら、今からでも間に合うと信じたい。自分の本気を信じたい。

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