現役Jリーガーが考える「暴力のメカニズム」

2019.11.5

安彦考真

浦和レッズ大槻毅監督の退場劇について、安彦考真選手が持論を語る

 

 

 

11月1日にカシマスタジアムで開催されたJ1リーグ第31節、鹿島アントラーズ対浦和レッズの一戦は、1-0でホームの鹿島が勝利し首位を堅持した。

ともに過密日程の中でACLで上位進出を果たすなど実力クラブ同士の注目の一戦だったが、その勝敗以上に大きな話題となったのは後半39分の浦和レッズの監督による問題行為だった。

試合中にもかかわらず鹿島の永木亮太選手を突き倒してしまった浦和の大槻毅監督は、この試合をJ1リーグで初めてとなるレッドカードを受けた監督として退場処分となっただけでなく、Jリーグから次節のベンチ入り停止処分を受けた。

現役Jリーガーながら「教育」の問題に取り組んでいる安彦考真選手に、この一連の出来事について、最近話題にのぼる機会が増えている「指導者による暴力行為」「体罰」についての私見を絡めながらリアルアンサーしてもらいました。

リアルアンサー

2019年11月4日

Y.S.C.C.横浜

安彦考真

「感情が行為に直結する時、暴力は生まれる」

 

浦和レッズの大槻監督と僕とは、じつは浅からぬ縁がある。

16年前、僕が大宮アルディージャのチーム通訳をしている時、コーチだったのが大槻さんだった。

その当時の大槻さんの印象はとにかくサッカーが大好きで、真面目で仕事に対して実直に向か合うプロフェッショナルだなというものだった。そして「ものすごく正義感の強い人」だという印象も強かった。

僕の中にそんな印象を残している大槻さんが鹿島アントラーズの選手を突き飛ばして退場となった。あのシーンの瞬間、僕もリアルタイムで試合を見ていましたが、まさかあそこで大槻監督が相手選手を突き飛ばすとは想像もしていなかった。

あのシーンについて、後日、「暴力はいけないが、選手を守る為だったという気持ちはわかる」と多くの人が言っているのを目にし耳にしました。しかし、僕はその捉え方は間違っていると思います。

僕は今、「指導者の体罰問題」に取り組んでいるのですが、あの行為自体は体罰ということではないにしても、「指導者の暴力」という点でいえば、少なからず関連づけて考えてしまう行為でした。

なぜあのようなことが起きたのか。

暴力も体罰でも同じですが、とった「行為」とその「感情」は決してイコールではないということがポイントだと考えます。

例えば、人はお腹が空いたからといって、誰もがすぐにご飯を食べるわけではありません。さまざまな理由があるにせよ、ほとんどの人は空腹を感じても、すぐにはご飯を食べない(食べられない)ことは日常茶飯事です。

この例で見てもわかるように、「お腹が空いたという『感情』」と「ご飯を食べる『行為』」というのは直結するものではなく、別々のものであることがわかります。

これにならって考えると「『怒る』という『感情』」と「『殴る』という『行為』」も別物だということです。しかし、多くの人は無意識に感情と行動を混合して考え、「気持ちはわかる」となってしまうのだと考えます。

そして、これが体罰(指導者による暴力行為)がなくならない要因の一つだと僕は考えています。

あの場面を見ると大槻監督は倒されたシーンを見ていないように見えます。

大槻監督が見たのは倒れた選手と自分の方の少しだけ向かってくる相手選手。そして、ベンチのいたスタッフの怒号と0-1で負けているという状況ーー。そんな状況で暴力行為をしてしまう人の心理では、「対象者が自分を怒らせたから殴ってもいい」という正義が生まれてしまいがちです。

そんな時、自分の感情をコントロールし、暴力行為を未然に防ぐには、「自分の感情を実況中継する力」だと考えます。

例えば、先ほどの「お腹が空いた時」を思い起こせば、はみんな心の中で何らかの実況中継をしているはずです。

「ダイエットをしているのだから、今はやめておこう」だとか「今食べたら夕飯が食べられなくなるな」だとか「今日はたくさん運動したから、たくさん食べても大丈夫だよな」とか。そういった心の中の声は、いわば心の中で「お腹が空いた」という感情に対して自分を客観的に実況中継している状態です。

しかし、大槻監督の暴力シーンの場面では、もはや彼は心の中で自分の心境を実況中継をする余裕はまったくなかったはず。つまり、体罰をする人は時間的にも心理的にも「余裕」がない状態に陥っていると言えます。

大槻さんはとても真面目な方ですが、それと同時に正義感が強い。正義感はときに間違った方向で力を発揮してしまうことがあります。

僕も指導者をしていたので理解できます。自分に余裕がないときほど言葉は強くなり、相手を貶めるような発言になりがちです。

暴力を振るう指導者の多くは間違ったことをした生徒や選手を正すためにやったと弁明しがちです。時間的余裕がなく、心理的余裕がない場合に、もっとも手っ取り早くその正義を証明できる方法が暴力になってしまうのです。

この大槻監督の退場を100万円の制裁金を支払うことになりましたが、「罰を与えられたから終わり」では、この問題は解決できません。

こういった状況に陥る指導者が多い現状を変えるためにすべきことがあると思います。

ぜひ、Jリーグは大槻監督が何故相手選手を突き飛ばす行為に至ったかまでしっかりと調べて、体罰問題とも向き合えるような取り組みをしてもらいたいと思います。

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