固定観念を取り払った時、探し求めていた新しい景色が見え始める
エンタメから人生を考える
既存のルールから一歩踏み出した先に楽しい未来がある
ミュージカル「ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812」
@東京芸術劇場プレイハウス
ミュージカル「ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812」を東京芸術劇場プレイハウスで鑑賞した。
このミュージカルトルストイの名作「戦争と平和」の一部を舞台化したもので、2012年にオフ・ブロードウェイで誕生し、2016年にはブロードウェイへ進出。翌年のトニー賞で最多12部門でノミネートされ大きな話題となった作品。
注目を集めたのは、今までのミュージカルにはなかった斬新な演出が多くのミュージカルファンの心掴んだから。
ステージ上にも観客席を設置。出演者は観客の間を駆け回りながら歌い踊るシーンの連続で、これまでの観客は客席に座って静かにステージを見つめるという観劇の常識を覆した。また歌唱もダンスもスピード感溢れる場面が多く、ストーリーをじっくり噛みしめるというより、作品の世界観に観客も一緒に入り込んでライブ感覚で楽しめるのが大きな特徴。
この〝グレートコメット〟。覚悟なく観始めると、圧倒的な歌唱とパフォーマンスの連続に飲み込まれ、正直ストーリーが頭に入ってこないほど。
しかし、ストーリーを細かく理解する必要がないほど、ライブ感覚で楽しませてくれる素晴らしいミュージカル作品で、映画「グレイテスト・ショーマン」をライブで観ているような感覚にも陥る。
こういう作品が次々と生み出されるアメリカのショービジネス界、ハリウッドやブロードウェイの底力を痛烈に感じた。
この作品を観て感じたのは「アイデアと強い意思さえあれば、新しいエンタテインメントはいつでも創造できる」ということ。
過去や常識に縛られないアイデアと、そのアイデアを過去や常識に縛られないやり方で実現するんだ!という強い思いが、今までになかった新しいアプローチのエンタテインメント作品を生み出す原動力となる。
逆を言えば、過去のやり方やこれまでの常識をベースに考える時点で、新しい面白いエンタテインメントはなかなか誕生しないということだ。
多くの観客は過去の経験や自分の中の常識の範囲内で受け入れられるエンタテインメントを意識的に好む。
しかし、この範囲内で観客を喜ばせ、ファンにさせるためにはかなり高いクオリティを要求し続けられる。
同じルールで勝負するサッカー界でメッシやC.ロナウドのような選手がなかなか生まれないように、同じルールで勝負すれば「レ・ミゼラブル」や「キャッツ」などの名作と肩を並べる新たな作品を創出するのは大変だ。
ステージの作り方、演出方法、出演者の行動範囲など、既存のルールからはみ出したアイデアや企画は、真っ先にNGのが当たり前となっている。
企画者自身の頭の中でNGになる場合もあるし、企画会議やプレゼンの段階で、責任者からNGが出る場合もあるが、ほとんどの場合、既存のルールを踏襲した中での限られた範囲内でのアイデア勝負で、たいていのエンタテインメント作品は創り出されている。
グレートコメットのアイデアを、もし私たちが参加する既存の企画会議で提案したら、「舞台の中にどうやって客席を作る?」「安全性は?」「地方公演ツアーができないので費用回収できないのでは?」など、提案者は責任者たちからダメ出しの嵐にあうだろう。
しかし、素晴らしいアイデアを実現するためにどうすればいいか?を前提に一度でも検討されれば、グレートコメットのような素晴らしい作品が実現する機会も増えていくだろう。
もちろんエンタテインメントの世界でも過去や常識を踏まえて企画を検討することは当然だ。しかし他のビジネス界のマーケティングのルールをそのままエンタテインメントに持ち込んでも、なかなかヒット作品は生まれない。
ほとんどの人は「自分が望むこと」を知らない。だからこそ過去のデータや既存のマーケティングでは、人々が熱狂するエンタテインメントを生み出すことは難しい。
エンタテインメント界はたった1人のクレイジーと言われるクリエイターの斬新なアイデアが大ヒット作品を生み、そこから新しい常識を生み出していく。
グレートコメットの企画を創出したデイブ・マロイの素晴らしい発想力と、この企画にGOサインを出したブロードウェイの懐の深さがミュージカル界の常識の幅を広げ、ミュージカルファンにとって忘れられない作品との出会いを生み出してくれた。
エンタテインメント界には、まだまだ未開拓の場所がたくさんある。その誰も知らないワクワク感を見つけ、実現できるチャンスがあるエンタテインメント界は素晴らしいと感じさせられた。
<STAFF>
音楽・詞・脚本・オーケストレーション:デイブ・マロイ
訳詞・演出:小林 香
振付:原田 薫
音楽監督:前嶋康明
美術:松井るみ
照明:高見和義
音響:山本浩一
衣裳:中村秋美
舞台監督:二瓶剛雄
企画協力:グランアーツ
プロデューサー:小嶋麻倫子、塚田淳一(東宝)、中出 桂(ニッポン放送)、近藤久晴(ミックスゾーン)
製作:東宝/ニッポン放送/ミックスゾーン
<CAST>
〈ピエール〉井上芳雄
〈ナターシャ〉生田絵梨花
〈エレン〉霧矢大夢
〈アナトール〉小西遼生
〈ソーニャ〉松原凜子
〈ドロホフ〉水田航生
〈マリア〉はいだしょうこ
〈バラガ〉メイリー・ムー
〈マーリャ D.〉原田 薫
〈アンドレイ/ボルコンスキー老公爵〉武田真治
亜久里夏代
会田桃子
アリサ・チェトリック
木暮真一郎
森山大輔
村松ハンナ
大嶺巧
大月さゆ
酒井翔子
菅谷真理恵
武田桃子
塚本直
山田元
山野靖博