ピッチの上では、自分の存在価値を証明する方法が確かにあった。
ゴールを決める、仲間にパスをつなぐ、守備で身体を張る――そこに確かな「正解」があった。しかし、引退後の人生には、その正解がない。
プロサッカー選手が現役を終えたとき、多くの人がぶつかる「セカンドキャリア」という壁。その壁の高さは想像以上に高く、険しい。
1.30代で「新しい仕事」を始めるという現実
多くの人が社会人としてようやく安定する30代。しかしプロサッカー選手にとっては、まさに「次のキャリアをゼロから始めなければならない時期」だ。
これまでボールを追い続け、プレーに集中していた人生。それが突然、営業、企画、経営、マーケティング、起業…まったく未知の分野に飛び込む必要が出てくる。
何ができるか分からない。自分の強みが分からない。社会のルールも分からない。
しかもその不安を抱えるのが、30代、もしくは40代という、「周りがバリバリとキャリアを積んでいる」時期であることが、より不安を増加させる。
2.プレー以外でお金を稼ぐ難しさ
「ただ、好きなサッカーさえやっていればよかった」
この言葉に象徴されるように、プロとしてのキャリアを築けた選手たちは、極端に言えば“プレーすること”だけで価値を発揮できた。それはとても誇るべきことだ。
しかし、引退後、待っているのは「プレー以外で価値を提供し、対価を得る」という全く別のステージだ。
言い換えれば、自分の言葉、行動、知識、姿勢が「お金に変わる」かどうかを、厳しく問われる世界だ。
例えば、トークイベントで話す、ジュニアの指導をする、企業で働く、ビジネスを立ち上げる――どれも「自分を伝える力」と「相手に貢献する力」がなければ成立しない。
3.「チームが守ってくれる環境」の喪失
現役時代、チームという存在が、いわば「後ろ盾」になってくれていた。契約を交わした後は、専門のコーチやスタッフがいて、プレーに専念できるよう細かいマネジメントもしてくれた。困ったことがあれば相談できる人がいた。
でも、引退した瞬間、その鉄壁のシールドは消えてなくなる。
自分の価値は自分で生み出すしかないし、自分の身は自分で守らなけければならない。
個人事業主として、フリーランスとして、あるいは一人のビジネスパーソンとして「自分の足で立つ」ことが求められる。
孤独との戦い。決断の連続。これは想像以上に過酷だ。
4.正解のない「人生のゲーム」で勝ち続けるということ
サッカーにはルールがある。点を取れば勝ち、失点すれば負け。監督がいて、フォーメーションがあり、役割がある。
だが引退後の人生には、それがない。
どんな仕事を選ぶか、誰と組むか、どんなスタイルで生きるか。その答えは人によって違うし、常に変わる。
しかも、結果が出るまでに時間がかかる。成功の尺度も曖昧だ。ゴールラインすら見えにくい。
この「正解のない戦い」の中で、モチベーションを維持し、行動し続けることこそ、真のメンタルタフネスが求められる。
5.収入が突然ゼロになるという現実
契約が切れたら、いきなり収入がゼロになる。それがプロの厳しさだ。
「引退後、収入源がない」という状況に直面したとき、焦りから判断を誤る人も少なくない。
知人に誘われた事業に手を出して失敗、投資で損失、セカンドキャリアの迷走…。そんな情けないことにはなりたくない。
だからこそ、現役のうちから「収入の柱」を準備しておく必要がある。
だからこそ、現役中に“種”をまいておこう
現役中にはなかなか実感できないが、現役の時間は限られていて、「引退後の時間」はその何倍も長い。
人生100年時代。プロサッカー選手として20年プレーできたとしても、人生100年だとすれば、引退後も人生は60年続く。
だからこそ、今のうちから“種”をまいておくことが大事だ。
小さな仕事の経験でもいい。知識を学ぶでもいい。ビジネスを手伝ってみるのもいい。副業でも、ボランティアでもいい。
大切なのは、「自分にはサッカー以外にも価値がある」と実感できる体験を、現役中から積んでおくこと。
そして、それをきっかけに「自分らしいセカンドキャリア」の設計図を、少しずつ描きはじめること。
サッカー人生は、尊い。でも、それがすべてではない。
引退は「終わり」じゃなく、「新しい勝負の始まり」だ。