私たちの生きる社会だけが「正しい世界」なのか?

2018.8.5

musicalover

アラフォーからの舞台&ミュージカル鑑賞

舞台「レインマン」

2018年7月31日(火)

昔から好きだった。ちょくちょくは気になる作品は観に行っていた。けれど、映画と違い、舞台やミュージカル、特に人気の演目は前もってチケットを予約確保しておかなければ、上演が始まってからでは「観たい」と思いついても観れないことが多い「事前の入念な計画が必要となる」趣味だ。

アラフォーとなり、時間とお金をかけて何かに没頭したいと考えた時、改めて「しばらくは舞台やミュージカルを観まくるぞ!」と決意。時に開演の半年以上前、チケット発売初日にほとんどの作品のチケットを予約しまくった。そして2016年から最低週1回ペースで舞台やミュージカルを観まくる日々を続けている。

これは何の基礎知識もない、ヲタクでもない、舞台&ミュージカルのアラフォー初心者が綴った鑑賞日記だ。ここから学べることは1つ。「アラフォーになってからも趣味は始められる」ということ。

さあ初心者だからこそ書ける見当違いかもしれない舞台&ミュージカル鑑賞記録を始めよう。

「レインマン」
2018年7月31日(火) 13:30開演

劇場:新国立劇場 中劇場 座席:1階4扉 15列

購入先:イープラス(チケット代合計:10,531円)

 

キャスト

チャーリー・バビット :藤原竜也
レイモンド・バビット :椎名桔平
スーザン :安蘭けい
マーストン医師 ほか :横田栄司
娼婦のアイリス ほか :吉本菜穂子
ブルーナー医師 :渡辺 哲

スタッフ

脚本 :ダン・ゴードン
上演台本・演出 :松井 周
美術 :堀尾幸男
照明 :佐々木真喜子
音響 :藤田赤目
衣裳 :宮本まさ江
ヘアメイク :大和田一美
演出助手 :坂本聖子
舞台監督 :谷澤拓巳

炎天下の中、東京・初台にある新国立劇場の中劇場に向かう。
平日の日中の公演ということで当たり前だが、ほとんどがご婦人、9割が普通のおばちゃんが会場内を占めている。帝劇やシアターオーブのような非日常感溢れる着飾った人たちは皆無で、本当に普通のおばちゃんばかりで、公民館の寄り合いと言われても違和感がない(失礼)普通オーラが満ち満ちていて、ミュージカルの公演とはまた違う雰囲気を醸し出している。

もちろん、この時間帯で、劇場で舞台が観れる層というのは、日本ではおばちゃん層だろう。おじさんたちは仕事をしていて、そもそも真昼間からそれなりの額を出して舞台を観に行こうという男性は、日本では少ない。
しかし、「そりゃ演劇文化は日本ではいろいろ偏るよね」という印象。内容が女性向けの作品がほとんどを占めたり、出演者も女性受けを狙ったキャスティングが優先されたり。ターゲット層に合わせたマーケティングという観点で言えば、そうなるのは当然だが、そういう歴史を積み重ねることで、どんどんその偏りは傾斜が強くなるだろう。演劇もエンタテインメント産業ということで、仕方のないことだけれど。

新国立劇場の中劇場に来たのはおそらく「わたしは真悟」以来か? この作品もホリプロなので、この劇場はホリプロがよく使うのかな?と思いつつ、冷房の効きが悪いエントランスを汗をかきながら抜け、会場に入る。
座席は中央ブロック中段の端の席ということで、俳優陣の細かい表情の演技などは肉眼では見辛いが、舞台全体を観るにはちょうどいい場所。今回は、演技派俳優2人の好演をじっくり堪能しようと着席する。

 

美術は堀尾幸男さん。堀尾さんが美術を担当された作品で最近観たのは「劇団☆新感線 髑髏状の7人 season花・鳥・風・月・極」(いのうえひでのり演出)などで、今後鑑賞予定は「桜の森の満開の下」(野田秀樹演出)。

ステージが360度ある「IHIステージアラウンド東京」で上演された「髑髏状の7人」シリーズは、世界観を作り込んだ舞台が印象的だった。エンタメ性抜群の劇団☆新感線と違う今回の名作に対して、複数の反射パネルで場面転換を表現した今回の舞台美術もインパクト大だった。

音響の藤田赤目さんが担当された作品で最近観たのは、石原さとみ主演の「密やかな結晶」(鄭義信演出)、阿部サダヲ主演の「ニンゲン御破算」(松尾スズキ演出)あたり。ニンゲンご破算は和楽器の生演奏楽団を起用するなど、音楽にこだわりの感じる演出が印象深かった。

ヘアメイク担当の大和田一美さんの作品は、「ニンゲン御破算」と「市ヶ尾の坂-伝説の虹の三兄弟」(岩松了)を観た。また演出助手の坂本聖子さんの作品は、「ハングマン」(長塚圭史演出)と「1789-バスティーユの恋人たち」(小池修一郎演出)あたりを最近観た。

映画「レインマン」

1988年公開、第61回アカデミー賞と第46回ゴールデングローブ賞、さらに第39回ベルリン国際映画祭で作品賞を受賞。

10数年ぶりに再会する兄弟の心の機微を演じる2人の名優

「レインマン」と言えば、ダスティン・ホフマンとトム・クルーズの映画があまりにも有名だが、この舞台「レインマン」も同映画とほぼ同じ主要登場人物とストーリーで構成されている。

 

映画「レインマン」はもう30年近く前の作品だが、いまでも記憶に深く残る印象深い映画だった。
この映画でダスティン・ホフマンが演じたレイモンドは椎名桔平さんが、トム・クルーズが演じたチャーリーを藤原竜也さんが今回の舞台版ではそれぞれ演じた。
椎名桔平さんは、2006年の初演の舞台では弟のチャーリー役を演じており、12年の時を経て、今度は兄の役となったようだ。
重いサヴァン症候群の役ということで、その身振り手振りや話し方など、非常に難しい役どころだったが、椎名桔平さんはとても自然に、けれど決して観客がへヴィーな気持ちにならず絶妙に笑いを誘う好演で、コメディアンとしての才能を遺憾無く発揮していた。
弟役の藤原竜也さんはその演技力は改めて語る必要もないが、今回もいつも苛立っていて都会でなんとか生き延びようとするチャーリーを好演。縁起の端々ににじみ出るチャーリーの必死に生き急いでいる感、何かに常に苛立っている感が、彼の演技の1つ1つからヒシヒシと伝わる。この極端な性格の演技が最初から観客の笑いを誘って続けているが、そのすべての物事に対しての苛立ち具合が、現代社会に生きる我々を写しているようで時々ふとドキリとさせられた。

映画は兄弟でアメリカ大陸を車で横断するロードムービーだったが、車で移動する演出はあえてカットされ、横断中に滞在した街々で、レイモンドの変わった言動に苛立ちつつも対応するチャーリーという兄弟2人のやりとりが主として進行。映画で印象深いラスベガスでのカードで大儲けする場面や、きらめくネオンを見下ろすホテルのスイートルームの窓際で、兄に弟がダンスを教える名シーンなど、しっかり舞台上で表現されていて、映画ファンも納得のストーリーとなっているように感じた。

自分たちが生きる社会が完全正義ではないことを再考させられる

この作品、映画でも舞台でも、最初は現代社会に適応できない兄レイモンドの奇異な言動に振り回される弟チャーリーという関係性がコメディタッチで描かれるが、ストーリーが展開するごとに、じつは現代社会の常識やルールが絶対正義なのか?人間として生きるという意味は別のルールに基づいているのでないか?という問題提起を見ている側の心の中に浮かび上がらせるというメッセージ性が作品の高評価の軸となっている(と思っている)。

サヴァン症という現代社会のルールで見れば難病は社会不適合者としか評価されない。しかし、自分だけの世界を持ち、自分のポリシーを持ち、誰にも影響されず、お金や周囲の評価にも無関心な生き方は、ひっくり返してみると、お金や周囲の評価が人間の絶対的な評価基準となってしまっている現代人の考えの方が、じつは「生きているものたち」の世界では歪んだ価値観であり、地球状の生き物の世界の中では、現代人こそが不適合者なのかもしれないという疑念を発起させる。

冒頭からチャーリーは、高級車ランボルギーニをなんとかして売りさばくことを最優先に行動し、お金を稼ぐことばかりに執着し続ける。父の死後、その遺産のすべてを兄レイモンドが相続するとわかり、裁判で争うと遺産管理者に対して脅しをかける。脅しが効かないとわかると、せめて遺産の半分は自分のものにするため、その説得のために無理やりたびに連れ出す。
しかし兄レイモンドとのトラブル続きの珍道中の過程で、徐々に気持ちの変化が起こり、最終的には遺産相続の主張ではなく、兄と一緒に暮らすことを希望し、その権利を掴むために裁判を起こそうとする。単純に兄弟愛に目覚めたという取り方もできるが、それ以上に、チャーリーはレイモンドとの共同生活の中で、お金以外の価値基準を見つけた(思い出した)という見方もできる。

現代社会に生きる私たちは、どうしてもお金や周囲の評価、肩書きを価値基準のど真ん中に置いた考えや言動をしてしまう。それは資本主義経済が世界の思想の中心である限り、避けては通れないことかもしれない。
しかし、それで本当の幸せを手にできるという人以外の、普通の人たちはもっと別の価値基準を振り返る必要があるかもしれない。特に、いろいろな経験を積み重ね、今、守るべき家族や地位を持ち始めているアラフォー世代にとって、その問題提起は心に染みる。実際に行動に変化を起こせるかどうかはわからない。けれど、家族や友人など、身近な人たちと過ごす時間や思いやる気持ちを少し増やすことは難しくないはず。
この舞台を観た人たちが、「自分だけがよければいい」という感情を捨て、少しだけ自分の周囲の人に優しくなれれば、世界は少し変わっていくかもしれない。少なくとも、レイモンドのような人たちが生きづらい環境が緩和されるかもしれない。

 

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