なぜ、順調だったキャリアをすべて捨て、再出発しようとしたのか?
第4回:立ち止まって学び直す勇気が「未来」を変えてくれた
40代のある日、ふと「このまま走り続けることが、本当に自分の望みなのだろうか」と考える瞬間がありました。
それは、外から見れば順調に見えていたキャリアを手放すきっかけでもありました。
しばらくのあいだ、何かを“やる”ことから離れてみよう。
そう決めた私は、静かに大学の門をくぐることにしました。
本当に知りたかったことを、ようやく学びに行く
私が選んだのは、哲学、世界史、芸術、文学、そして心理学。
売上や成果とはほとんど関係のない、リベラルアーツと呼ばれる分野です。
なぜ、そのような道を選んだのかといえば、若い頃の“ちいさな後悔”が、どこか心に引っかかっていたからかもしれません。
大学進学のとき、私は本当は文学部に進みたかった。しかし、なんとなく「将来のために」とあえて経済学部を選びました。
その結果、学びへの熱はどこか他人事のようなままで、4年間を過ごしたのです。
経済を学びながら、隣のキャンパスで文学を語り合っていた友人たちが、どこか遠く、まぶしく見えていたあの頃の感覚が、ずっと胸に残っていました。
だから今回は、もう誰の評価も気にせず、心から「知りたい」と思えるものに素直になってみよう。
そう決めたのです。
知との対話は、“自分を整える”時間だった
「学び直し」というと、何か役立つ知識や資格を得るためだと考える人も多いかもしれません。
けれど、私にとっての学びは、もっと静かで、内側に向かうものでした。
誰に褒められるわけでも、何かに結びつける必要もない。
ただ、知ることの喜びに身を委ねるだけの日々。
それは、知らない世界の扉を開いていくような感覚でもありました。
講義で聞いたサルトルの言葉が今も心に残っています。
「人間は、自分が作り出したもの以上のものではない」
何かになろうと焦る必要もない。ただ、自分自身の問いに耳を傾けていくこと。
それが、生きるということの本質に触れるような気がしたのです。
バッハの音楽を単なるBGMとしてでなく、その芸術的背景を学んだ上で聴いたとき、その旋律に宿る精神性が胸に沁みて、それ以降、何度も聴き入るようになりました。
心理と脳の学びは、“人を理解する旅”だった
学び直しの後半には、心理学や脳科学にも足を伸ばしました。
そのきっかけは、親しい人の病でした。
心を病むということは、遠くの世界の話だと思っていた私の目の前で、それまで元気だった人が、ある日を境に笑顔を失っていきました。
「人はなぜ、心を壊してしまうのか」
「そしてどうすれば、もう一度立ち上がれるのか」
そんな問いに導かれるようにして、私は「脳」と「こころ」の構造について学び始めました。
アドラー心理学の中に、こんな言葉があります。
「人は変わることができる。その鍵は“勇気”である」
けれど、その“勇気”は、無理に振り絞るものではないのかもしれません。
自分の心の仕組みを知り、どうして自分はこう感じるのか、どう反応してしまうのかを、少しずつ言葉にしていく。
それが、「変わる」ための第一歩なのだと感じました。
「意志」ではなく「構造」が人を支える
脳科学では、感情や行動は「意思」ではなく「習慣と構造」によって動いていると考えられています。
たとえば朝に気分が沈んでしまう人は「意志が弱い」のではなく、環境や神経伝達物質の循環にその原因があることが多いのだそうです。
偉大な心理学者フランクルもこう語っています。
「人間は、状況に反応する存在ではなく、その状況に意味を見出す存在である」
つまり、私たちは「何が起きたか」ではなく、「それにどう意味を与えるか」で、生き方を選べるということ。
学び直しのなかで、私はようやくそれを体感として理解できるようになりました。
アウトプット前提の学びは“資産”になる
ただ学ぶだけでなく、自分の言葉で語ってみる。
それが私の「学び直し」のもう一つのテーマでした。
哲学の授業で学んだ思考法を、キャリアに悩む人の相談に応用してみる。
心理学の理論を、自分の対話やコンサルティングに落とし込んでみる。
こうしたアウトプット前提の学びは、知識を「自分の資産」として根づかせてくれます。
それは“人に教える”という意味ではなく、“自分の言葉で語れる知”を持つということ。
学びは、自分自身の「再インストール」
誰かのために、会社のために、家族のために。
ずっと“外向き”だった心の矢印を、一度だけ、自分の内側に戻してみる。
それが、私にとっての“再起動”だったのだと思います。
いま、キャリア支援という新しい仕事に取り組めているのも、あのとき、一歩止まって“学び直す勇気”を持てたからこそです。
ニーチェはこんな意味の言葉を何度も唱えています。
「問いを持ち続けることが大事だ」
学び直しとは、答えを見つける行為ではなく、自分自身に新しい問いを贈る時間なのかもしれません。
大人の学びは、未来を“深める”ための投資
若い頃の学びが「未来を広げる」ためのものであるなら、大人の学びは「未来を深める」ためのものだと思います。
焦る必要はありません。
比べる必要もありません。
誰かの評価ではなく、自分の問いに素直になること。
それが、大人の学びのスタートラインです。
そして、自分のための学びが、気づけば、誰かを励ます力になっていた――そんな小さな“めぐり”が、人生を豊かにしてくれるのだと思います。
次回予告
次回の最終回では、「学び直しのあと、何を“形”にしていったのか」についてお話しします。
副業や小さな実験から始まった“再出発”のプロセスと、人生の後半に必要な「心の姿勢」について。
相談者とのやり取りや、現場での気づきを交えながら、じっくり綴ってみたいと思います。