安彦考真「人生の先輩から20代に向けてのリアルアンサー」4
安彦考真の「人生の先輩から20代に向けてのリアルアンサー」vol.4
2020年4月21日
いつでも壮大な夢を持ち、常に新しい目標に挑戦し続ける……安彦考真選手に対してそんなイメージを持つ人も少なくないかもしれない。
しかし、彼にとって「40歳でJリーガーになる」という目標は通過点のはずだった。しかし多くの人が驚き、称賛したこの快挙は、安彦選手の感覚を大きく狂わせることとなった。
多忙な日々の中「本当に自分はこのままでいいのだろうか?」という疑問や不安を抱いている人がいる。意外にも、少し前までのJリーガーとして活動していた安彦選手の心の中にも同じ思いが宿っていたという。
安彦選手人生のこの先に悩む20代に向けて、自身の経験をもとに人生の先輩としてリアルアンサーする。
Q.将来の目標を見失っていることに気づいた場合の対処法は?
20代会社員
A.安彦考真
迷ったと思ったらスタート地点に立ち戻ってみる
僕は40歳で「Jリーガーになること」を目標に掲げた。
しかし、それはあくまでもっと大きな目標のための1つのステップとして掲げた目標だった。つまり、Jリーガーになる前の僕にとって「Jリーガーになること」はあくまで「手段」の1つだったのだ。
そして、2018年3月31日。僕はたくさんの「無謀だ」「無理だ」という否定的な声に打ち勝ち、ついにプロ契約を結んだ。
僕はついに1つ上のステージに上がった。そのステージは想像以上に魅力的で、充実した時間を過ごせる場所だった。
しかし、充実感で満たされた環境を手にしたことで、僕は知らず知らずのうちに「Jリーガーになること」のさらに上にあった最大の目標を見失ってしまっていた。
「Jリーガーであること」はあくまでもさらなる高みに上がるための「手段」だったはずだった。しかし実際手にしたものはステップの第一段階と捉えるにはあまりにも大きなものだった。
僕はいつの間にか、そこから成り上がるということを忘れ、目標を達成したかのような錯覚に陥っていった。
もちろん僕はまだ壮大な目標に駆け上がる途中にいた。しかし、憧れの世界に入ってしまったことで足踏み状態に陥ってしまった。今振り返ると、この時の僕は「手段の目的化」で満足している状態だった。
Jリーグの世界はとても魅力的な環境であったが、また同時に、40歳で初めて飛び込んだ僕にとってはとても厳しい環境でもあった。
そこで結果を出すためには、常に自分の持つ力を120%出し続けて挑まなければならなかった。
その結果、体力はもちろん思考まで「Jリーガーであり続けること」でいっぱいいっぱいになってしまい、当初の目標が徐々に意識から失われていってしまったという側面もある。
1年目の僕は「Jリーガーであり続けること」が目の前の目標となり、ただただひたすら練習して、サッカー選手として努力することで頭がいっぱいになっていたのだ。
そして、Jリーガー2年目を迎えた翌2019年に至ってはその状態がさらに悪化してしまった。
念願の公式戦デビューを果たしたことで欲が出た結果、僕の頭の中は「選手として結果を出す」ことでいっぱいになった。
他の選手からすれば当たり前のことだが、もっと上をめざしていた僕にとっては全然ダメな状態なはずだった。
しかし、チームメイトの輪の中にいることでそんな思いは完全に忘れ去られていった。むしろ「自分なりによくやっているじゃん」という満足感に陥ってしまっていたほどだった。
パーソナルトレーナーとのトレーニングも、気がつけばただ自分の能力向上のためだけに行っていた。
本来であれば、パーソナルトレーナーから教えてもらったトレーニング方法を自分なりに一般化し、世の中で困っている人のために活用するなどすべきだった。
しかし、そこには選手としての筋力数値の変化に一喜一憂している自分がいた。「Jリーガーであること」を活用した次のステージへの挑戦意欲がすっかり頭から消えてしまっていた。
その結果、試合に出られれば満足、最悪でもベンチ入りメンバーに入ることで良しとする。そんなJリーガーとして最低限のことを日々の目標として掲げ、小さなことに一喜一憂し、SNSでの発信もいつからか選手目線でしか語れなくなってしまっていた。
僕はただの名もなきJリーガーの端くれとしての自分自身を受け入れてしまっていたのだ。
チャレンジする前の壮大な目標のことなど、すっかり忘れたかのように……。
誰しも大きな目標を胸に秘めているはずだ。
それを意識的に公言する人もいれば、黙って黙々とトライする人もいる。また自分では気付いていないけれど、無意識レベルでその目標に向かって歩み続けている人もいるだろう。
しかし反面、昔掲げた自分らしい夢や目標をすっかり忘れ、日々の業務に忙殺されてしまっている人も少なくない。
例えば、学校の先生や政治家、医者として働いている人の多くは、世の中のため、苦しんでいる人のために役立ちたいという使命感のもとその職業を選んだはずだ。
しかし、気がつくとその業界の常識に流され、目の前の仕事に振り回され、いつしか抱いていた使命感を忘れしまっている。
今振り返ると、僕が「Jリーガーをめざす」という決意をし、手にしていた安定をすべて捨て去った時も、そんな状態だったのかもしれないと感じる。
だから、目標を見失っていると感じる人は、ぜひ「そもそもなぜその職業に就いたのか」をもう一度思い出すタイミングがやってきたんだと考えてほしい。
誰もが生きている中で「このままでいいのか」と自問自答する。
そんな時、多くの人は「この仕事でいいのか」「このままでいいのか」ということに悩みがちだが「そもそも自分はなぜその職業に就こうと考えたのか」という原点を思い出すことで、その難問に対する自分なりの答えが見つかる可能性がある。
僕は今年「Jリーガーラストイヤー」と位置づけた。
それは自分を極限にまで追い込んだ結果、自分がどんな表現をできるのかということに対する好奇心もある。
しかし一番大きな理由は、Jリーガーを次のステップの手段の1つとして使うには「賞味期限がある」ということに気がついたからだ。
今シーズンを最後にすると決めた時、もう一度、自分がなんのためにJリーガーになったかを考えた。その結果、このままでは自分がいつまでも「Jリーガーであること」そのものが目的になってしまい、自分の最後を他者に決められてしまうということに気がついたからだ。
このままではクラブからクビと宣告された後に、自分の手には「元Jリーガー」という役に立たない肩書きが残るだけで、その肩書きでは自分の本当の目標に到達することが難しいと悟ったからだ。
人は満足感を得られる環境に身を置いた時、今いる環境を必死にキープしようとしてしまう。どこかおかしいと薄々感じながら、自分を騙し騙し過ごすうち、貴重な時間だけが消費されていく。
そして、ある日、例えばクビという他者からの外圧によってその幻想は取り払われる。その時、自分が手にしているものの少なさや頼りなさに気付いてももう遅い。
そうならないために、まずはスタートラインに立っていた自分を思い出し、忘れていた原点を「発掘」作業を行ってみよう。
かなり奥深くに眠ってしまったままの原点を見つけ出すためには、自分の深層を掘り下げていくしかない。
いきなり大きな穴を掘る必要はない。まずは自分が思い出しやすい地点から徐々に掘り下げていき、何か見つかるまで自問自答を繰り返す。そして自分が歩いてきた道を見つける。そこに点在している自分の足跡を見つける。そこから始めてほしい。
その道すじが見つかれば、その道を辿っていけば自分の出発点=原点がきっと見つかるはずだから。
今回のメッセージの核心は「転職をしたほうがいい」とか「いますぐ仕事を辞めたほうがいい」とかいうアドバイスではない。
僕は遅ればせながら、自分にはもっと大きな目標があったという、とても重要なことに気がついたということを伝えたかっただけだ。